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源氏物語

怪奇・異常は描かない 源氏物語たより655

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     怪奇・異常は描かない   源氏物語たより655

  「たより328」で既に述べたことではあるが、『須磨』の巻に至って、紫式部という人は、いかに奇怪・異常を描かない作家であるかを改めて実感させられる。
  この巻には、十日以上にわたって続くというあり得ないほどの雷雨とか、光源氏や朱雀帝の夢に桐壷院の霊が出現するとか、また、同じ夜の源氏や明石入道の夢にも、不思議な示現がなされるとか、またそれが都の朱雀帝の夢とも符牒を合わせるとかいうような超常現象が次々現出してくる。
  さらに、雷雨の止んだまさにその時、明石入道が、源氏を迎えに須磨にやって来るというような偶然なども描かれてはいるが、本当にこれらは奇怪と言えるのだろうか。
 
  それでは、これらの奇怪な現象について見て行ってみよう。
  まず十日以上にわたる雷雨などという天然現象があるのだろうか。ところがなんと、ごく最近の気象状況が、それがあり得ることを証明してみせた。三年前(平成26年)の広島の豪雨、そして今年(平成29年)、九州を襲った信じられないほど長期に渡る豪雨・・。同じ地域に何日間にもわたって雨雲が停滞し、これでもかというほどの大雨を降らせている。その気象現象を表す奇妙な言葉「線状降水帯」さえ生まれている。

  また、源氏は、桐壷院の不思議な夢のお告げと住吉の神の導きによって、須磨を離れることができたかのように描かれてはいるが、実はこれよりも以前に
  『いとものむつかしう、この(須磨の)住まひ堪えがたくおぼしなりぬ』
という源氏の「須磨を脱出したい」という強い感情があったがゆえである。それと明石入道の願望である「娘を光源氏さまに捧げたい」という一念が合体して、須磨脱出を可能にしたのだ。
  流謫先で明石君と結ばれるという不自然も、先の入道の一念が実ったものであり、源氏が許されて都に戻され政界に復帰できたのも、住吉の神の御蔭でもないし夢のお告げでもない。朱雀帝の弱気と源氏の実の子・冷泉帝の即位がそうさせたのである。
  さらに、後に明石入道の壮大な夢が紹介されるが、それは物語をより摩訶不思議なものにして読者の興味関心を煽るための手段であって、後付けに他ならず、物語の展開を左右させるなにものにもなってはいない。

  それでは、都で起こっていたさまざまな不思議な現象はどうだろう。
  『その年、おほやけに、もののさとししきりて、物騒がしきこと多かり』
とある。その一つが、須磨の雷雨と時を同じくして、都でも何日にもわたって凄まじい雷雨が続いて交通途絶になったことがあげられているが、これは既に最近の気象状況で理解された事象である。  
  また太政大臣(朱雀帝の祖父)の死やその他の公卿の死が相次いだとある。公卿の死についてはどのような状況であるのか詳しく書かれていないので分からないが、少なくとも太政大臣の死は文中にもあるように
  『ことわりの御齢』
だからであって、決して「もののさとし」などではない。太政大臣は七十歳くらいにはなっていよう。当時とすれば大層な長寿であるから、死んでも当然で、むしろ目出度いと言っていい。
  さらに、朱雀帝は目を患い、弘徽殿大后さえ病に悩まされたとある。そしてこれらの現象を、罪無くして須磨に沈んでいる源氏の「報い」としている。剛毅な弘徽殿大后はとにかくとして、少なくとも朱雀帝の眼病は、源氏への恐れからくるストレスによる病と考えた方が妥当である。歴史的にも藤原道真にいびられて目を患った三条天皇の例がある。とても「もののさとし」になど入るべきものではない。

  紫式部は、これらのいずれの現象をも「ことわり」のこととして認識しているのだ。何しろ彼女は、学識豊かで高潔な漢学者や徳高い僧侶をさえ信じていないばかりか、時には愚弄さえするという理性の勝った女性である。そんな彼女が、物の怪や占いや怪異を本心から信じて描いているとはとても思えないのである。
  彼女は、むしろそうなることを怖れさえしている。心ある賢明な読者から「昔物語と同じではないの」と思われてしまうことを極力避けているのだ。そしていつも
  「この物語は現実に即したものであって、決して女子供を驚かすような慰みのものではない」
という一貫した信念を持していた。そのために、唐突、偶然、不合理、不自然はこれを徹底して排除し、昔物語のような安易には流れない。それが物語作家としての彼女の信念であったような気がする。もっともそれが時に過度になるきらいがあって、そのための弁解がましい記述が、かえって文章を難解にしてしまう傾向がないでもないのだが。

  かつて我々は、六条御息所のおどろおどろしい物の怪をいやというほどに見せられてきている。また、高麗の相人や宿曜の占いにも「なんと摩訶不思議なことが・・」と驚かされてもきた。いずれも現代人には信じ難いことである。ところが、当時の人々にとって、物の怪や占いはごく普通のことであって、我々が不審に思うことがむしろ不審なことと言った方がいいのだ。それに御息所の物の怪は、人一倍鋭敏な神経の持ち主である彼女自身が作り出したものである。高麗の相人や宿曜の予言も、物語は確かにその通り進展していくのだが、それらがなくとも、何の支障もなしに物語は進んでいる。

  とにかく、彼女の描く物語世界は、奇怪や物の怪や占いや啓示に支配されてしまって、それに脱してしまうようなことは決してないのである。源氏物語は物語上の不思議や怪異現象よりもはるかに現実的、論理的、現代的である。
  怪異や異常は、読者であるお姫様たちへのリップサービスに過ぎなかったと言えるのではなかろうか。


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