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源氏物語

入道の必死と明石君の冷静 源氏物語たより656

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     入道の必死と明石君の冷静   源氏物語たより656

  近衛の中将である光源氏が、京を退去したニュースは、世の中を騒がした大事件であったことだろう。歴史上有名な右大臣・菅原道真や左大臣・源高明の大宰府配流に匹敵する事件と言っていいかもしれない。都の人々はもとより、都以外の人々も強い関心を寄せたに違いない。
  まして、源氏が流れて行った須磨のすぐ隣・明石に住む明石入道にとっては人ごとではなかった。彼は早速妻にこう言い聞かせている。
  『桐壷更衣の御腹の源氏の光君こそ、おほやけの御かしこまり(咎め)にて、須磨の浦にものし給ふなれ。吾子の御宿世にて、おぼえぬことあるなり。いかでかかるついでに(吾子を)この君にたてまつらん』
  「おぼえぬこと」とは、「考えられもしないこと」ということで、源氏の須磨配流は娘の宿命に関わることと考えたのである。「吾子」とは明石君のことで、ずっと後に分かるのだが、入道は、明石君が生まれた時から、考えられもしないような壮大な野望を持っていた。
  入道の話を聞いた妻は、あまりに突飛な話ゆえ、呆れかえって腹を立ててしまう。彼女はこう言って入道の不見識をなじる。
  「そもそも源氏さまは、都に尊い女性方を大勢お持ちになっているのですよ。明石くんだりの山賤(やまがつ)娘など、相手になさるはずはないに決まっているでしょうに」
  しかしそんな妻の指摘はものともせず、妻を一喝する。彼はいつも内心ではこう思っていたのである。
  「娘は、心優しく、そして品もあり人柄も、いかに優れた人物であることか。それは都の高貴な女性方になんら劣るものではない。とにもかくにも娘の幸せを第一に考えなければならない」
  このような思いのもとに、彼は、毎年、春・秋の二度、娘を住吉に詣でさせている。

  望外な思いを持った入道は、源氏を明石に迎える機会をうかがっていた。そして、長期間にわたる雷雨が収まったあかつき方、夢のお告げに従って舟を装い、ついに源氏を明石に迎えることになったのである。
  ところが、源氏を目の前にするとなかなか本心を切り出すことができない。なにしろ気高く気恥ずかしいほどの源氏の雄姿である。彼のイライラは募るばかり。それとなく娘のことを源氏にほのめかたりするのだが、相手は興味を示すようではあるものの、本気にする気配はない。彼は焦り、
  『いかで、思ふ心をかなへんと、仏・神をいよいよ念じたてまつる』
のである。そんな膠着情況を妻とともに嘆き続けるしかない。

  こうして、源氏が須磨に渡って来てから半月あまり経ち、四月になってしまった。
  月が清らかに照らし出している淡路島を眺めながら、源氏が感傷的になって琴を取り出して爪弾いていたある夜、その音を聞きつけた入道は、仏道精進もそっちのけに源氏の所に飛んで行く。そして邸に琵琶と筝の琴を取りにやらせて、二人の合奏が始まる。
  入道にとっては、まさに絶好のチャンス到来であった。というのは、彼自身、醍醐帝相伝の筝の琴の名手であったのだが、娘もまた彼に劣らない琴の力量を持っていたからである。ここから彼の娘自慢が始まる。
  「私が琴を弾いておりますと、それを学ぶもの(明石君)がございまして、不思議なことには、娘の琴は自然に醍醐帝のお手に似通って弾くようになっていたのでございます。あるいは私のひが耳かも知れませんが。娘の弾奏を、ぜひ源氏様にお聞きいただきたく思っております」
  さすがにこの自慢には、源氏の心も動かされたようで、入道の歌に対してこう返す。
  『旅衣 うら悲しさにあかしわび 草の枕は夢も結ばず』
  縁語(衣と裏)や掛詞(うら悲しの「うら」と明石の「浦」、及び「明かす」と「明石」)が多用されているのは、源氏の照れからかもしれない。いずれにしても源氏は
  「この旅の悲しさのために、独り寝をするばかりで、なかなか眠ることもできない」と嘆いたのである。あからさまに言ってしまえば、「その娘と寝たいもの」と言うことである。
  これで入道の思いはまずは叶った。

  あくる日の昼、源氏は早速明石君に手紙を贈る。入道は「待ってました」とばかり、手紙を持って来た使者を
  『いとまばゆきまで酔は』
し、歓待する。

  ところが、明石君の方は、父・入道とは違っていて、いたって冷静である。この話を親から聞いた当初から、
  「都の身分の高い人が、自分のような田舎娘を本気で相手にするはずはない。そうかと言って、父は高望みをしているようだから、私程度の身分の男とは結婚するわけにもいかない。もし結婚もせずこのままの状態で長生きするようだったら、尼にでもなればいい」
と割り切っていた。
  ところが、その「都の身分高い人」から手紙が来てしまった。しかし、彼女は返事を書こうともしない。源氏の筆跡の素晴らしさに臆したこともあるのだが、手紙を見るにつけて改めて自分の身の程に思い至らざるを得ないからである。
  と、なんとしたことか、返事は入道が書く羽目となってしまった。
 
  追うようにして、再度源氏から手紙が来た。しかし彼女は相変わらず身分のこだわり
  『(源氏様とは)なずらひならむ身の程の、いみじう甲斐なければ、なかなか世にある者と(源氏が)たづね知り給ふに涙ぐまれ』
るしかない。
  「身分のあまりの隔たりを知るにつけ、たとえ手紙をもらったとしても何の甲斐もないこと。源氏様が自分のことをお知りなされたことで、かえって涙ぐまずにはおられません」
という意味である。そのためにとても返事を書く気などおきないのだ。父・入道が盛んにそそのかすので、仕方なしに書きはしたものの、源氏との結婚など思いもかけず、内心こう考えるのである。
  「親はなんと望外なことを考えるのだろう。今だからこそ私の将来に期待することもできるのであった、もし源氏様と結婚するようなことになれば、親だって心づくしのことが数多く出て来るはず。だから、源氏様が明石に滞在している間だけでも、手紙のやり取りができる程度で、それで十分」

  その後、源氏の京(紫上や世間)への遠慮による躊躇と、明石君の消極的な態度から、二人は逢うこともないまま時は過ぎてゆく。
  それから数カ月、秋になって二人の仲はやっと進展する。

  明石入道に比べれば、彼女の考えは冷静沈着であり、現実的である。いやしくも天皇の子であり、かつて近衛中将であった最高級貴族が、明石生まれ明石育ちの田舎娘を相手にすること自体、土台あり得ないことなのだから。
 
  それではどうして入道はこれほどまでに娘を源氏に娶せたがったのだろうか。
  まず、彼の過去の身分があげられるよう。実はかつて彼も、近衛中将だったのである。近衛中将と言えば、第一の出世頭であり、顕官の誰ものが憧れる地位だったのである。ところが、彼のひねくれ根性から周囲とうまくいかなかったのであろう、その地位を捨てて、自ら望んで播磨の守になってしまった。播磨は大国とはいえ、その守は従五位上(近衛中将は従四位下)に過ぎない。近衛中将でいれば、彼の父がそうだったように大臣の可能性も高いのに。僻んだ性格が、彼をして都から去らしめてしまった。

  あるいは、彼は、娘の将来のために、受領になって財を貯めることを考えていたのかもしれない。受領といえば民から財を絞り取るのが仕事のようなもので、一期務めれば一生困らなかったとも言われる。事実、彼は播磨守の任期中に莫大な財を残したのである。明石に広大な敷地を手に入れ、豪奢な邸宅を造っている。また、その風雅な生活も半端ではない。後に明石君は六条院の乾(冬)の邸に住むようになるのだが、源氏はそこに蔵町を造っている。その蔵には入道が残した財が数多く納められたはずである
  そもそも源氏の妻妾は、花散里を始めとして末摘花も、斜陽、没落の上級貴族や宮家で、素寒貧の家柄である。紫上はこれらとはいささか趣を異にするものの、彼女自身は一文なしである。その点では入道の狙いは当たったと言える。

  もう一つ考えられるのが、源氏と血縁関係にあるということである。彼が語るのを聞けば、桐壷更衣(源氏の母)は、彼の叔父である按察使大納言の娘ということだ。ということは、源氏の母と入道は従兄妹ということであるし、明石君と源氏は「再従兄妹」ということになる。信じがたいことではあるが、彼がそう言っているのだから嘘ではなかろう。つまり彼にとっては、娘が源氏と結婚することは、さして無謀、無思量なほどの身分違いではないということになる。

  最後に、『若菜上』の巻に出て来る入道の壮大な夢について見てみよう。
  『我がおもと(明石君が)生まれ給はんとせし、その年の如月の、その夜の夢に見しやう・・』
から延々として彼の遺言文は続いて行く。要は、その夜、彼が見た夢は、明石君(ないしその子)が、いずれは国を保つべき立場(后、天皇)かかわっていくという内容である。彼はこれを「夢は信じるべきもの」として、ずっとその実現を期してきたのである。彼が年二度、明石君を住吉に詣でさせたのもその一環である。
  また、都から下って来る貴公子は、今までも数多くあったのだが、その誰にも娘を嫁がせなかったのはそのためである。『若紫』の巻で、源氏の忠臣の一人・良清が、かつてこの明石君に求婚したかのような話が出て来るが、良清程度では、とても相手にならなかったのも、この入道の夢ゆえであったのだ。彼は、この夢が実現しないなら、娘に
  「海の中に入って死んでしまえ」
と諭すほど、徹底して拘っていたのである。

  結果的には、源氏との結婚、姫君の誕生、姫君の春宮への入内、そして男皇子誕生・・と彼の夢は、次々実現していく。
 
  ただここで考えなければならないのは、この話は一見夢物語のようであり、ありえないことと思われるかもしれないが、実は、作者は物語を実に緻密に現実に沿って構成しているのである。だから決して夢物語でも住吉の神の効験でもなんでもないのである。当時、入道のような夢を持っていた貴族(受領階級)は、案外多かったのではなかろうか。娘を上流貴族に嫁がせ、その娘が入内するという例はあるのである。しかしまた反対に、明石君のように現実的で冷静な判断をする女性も多かったはずである。
  夢を信じて猛進するか、現実路線で行くかの違いである。
  いずれにしても、入道の壮大な夢とは無関係に、明石一家に幸運は転がり込んで行く。そして彼がつぶしてしまった「家名」の再興もなっていくのである。


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