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源氏物語

大夫の監は肥後もっこす  源氏物語たより662

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     大夫の監は肥後もっこす   源氏物語たより662

  幼くして母(夕顔)を亡くした玉鬘は、乳母の夫が太宰の少弐になったことを機に、筑紫に赴く。少弐は四年の任が果てるのだが、元々の世渡り下手が徒となって、京に帰還することができない。結局、玉鬘が十歳の時に命儚くなってしまう。彼は息子たちに
  『ただこの姫君、京に率(ゐ)て奉るべきことを思へ。わが身の孝をばな思ひそ』
  「玉鬘をなんとしても京に連れ帰れ、私の追善供養などは考えるではない」という厳しい遺言を残す。ところが息子たちも、親に似たのであろう、世渡り下手で、玉鬘を京に連れ帰ることができない。その後、何年も九州を彷徨い、ついに肥前の国に流れつきそこに定住するようになる。
  このような人生行路を経ているうちに、玉鬘は、稀に見るほどの美しい女性に成長していく。少弐が亡くなってから既に十年を超えた。彼女がずば抜けた美貌であるという噂を聞いた近隣、近在の男どもはさかんに求婚して来る。しかし、玉鬘を九州の田舎者と結婚させるわけにはいかない。それは当然のことで、彼女の父親(かつての頭中将)は、今は内大臣として都で絶対的権力者に成り昇っているのだから。 
  そこで、乳母たちは、
  「姫君は身体に重大な障害を持っていて、結婚することはできない。いずれ尼にするつもりである」
という情報を流し、男どもの求婚を阻止しようと謀る。多くの男は
  『故少弐の孫(実際には孫ではないが)は、かたはなむある。あたらものを』
と言って、結婚を諦めていく。「あたらものを」とは、「惜しいことよ、大変な美貌だというのに・・」ということである。

  ところがここに、「そんな噂は何のその」とばかり強引に結婚を申し込んできた男が現れた。肥後の国に一大勢力を張る豪族「大夫の監(たいふのげん)」である。「大夫の監」とは、大宰府の三等官で、本来は正六位下であるが、その功績によって五位に昇ったものを言う。地方の豪族として寄付等を多大に行い、朝廷に認められたのであろう。
  この男、次のように紹介されている。
  「一族が広く、声望は抜群。権力強大にして、むくつけき兵(武士)なり。三十歳ばかりで、丈高く、ものものしくうち太って、血色がよく生き生きしているが、しわがれ声で田舎弁丸出し。それでも堂々たる自負心の持ち主で、慢心この上なし」

  これが玉鬘の前に乗り込んできたものだから、乳母一家は慌てに慌て右往左往する。そんな怯えには無関心で、監はこう言う。
  『いみじきかたはありとも、我は見隠して持たらむ』
  「身体の障害などなんの支障もない。俺はそんなことには目つぶって、妻としよう」という意気込みである。その上で結婚したら
「頭の上に捧げ持つほど大事に世話をし、皇后の位にも劣らないほどに待遇しよう」
というのだから始末が悪い。乳母たちは震え上がってしまう。そして「いついつに迎に参る」と勝手に決めてしまうという傍若無人の無神経。
  求婚するについては、和歌の一つも詠まなければなるまいとでも思ったのだろう、次の歌を詠んで「好い歌ができたわい」と得意がる。
  『君にもし心違はば 松浦(まつら)なる鏡の神をかけて誓はん』
  「わしの言うことにもし齟齬でもあれば、松浦にある鏡神社の神に神罰を受けてもいいと誓おうではないか」というものすごい勢いの歌である。鏡の神は、唐津市内にある神社のことである。
  それに対して乳母はこう返歌する。
  『年を経て祈る心の違ひなば 鏡の神をつらしとやみむ』
  「長年にわたって姫君の幸せを祈って来たのだから、ここでその思いが叶えられないということになれば、鏡の神をお恨み申すことになりましょう」と言う意味であるが、本意は勿論「大夫の監のような田舎者と結婚することになれば、長年の念願が破れてしまい、恨めしいこと限りない」ということである。さすがにその本意に気付いた監は、
  「なんということを申さる」
と、のそっと乳母に近寄り威圧する。ところが娘に好いように言いくるめられ
  「なかなか趣のある詠いぶりでござる」
と誤魔化されてしまい、「俺とて、都人にも劣らぬ歌の才を持っているのでござる。侮るではないぞ」と息巻きながら肥後の国に帰って行く。

  さて、作者は、世にも変わったこの人物の所在地をどうして「肥後の国」にしたのだろうか。玉鬘が肥前に住んでいるから、隣の国ということで都合がいいから、というような単純な理由だけであろうか。紫式部の文章作法に於けるこだわりからすれば、そこには必ず意味があるはずである。とにかく彼女は意味のない事象を物語に入れ込むようなことはしない作家なのである。ちょっとした宴席で謡われる催馬楽などにしても、必ず物語の展開と関連した意味を持たせた歌を挙げていて、いつも「なるほど!」と感心させられる。
  大夫の監の住まいを肥後の国にしたことにも必ず意味があるはずだ。私は「肥後」という国の国人の人間性に関わっているのではないかと推測した。

  そこで、パソコンで「県民性」を調べてみた。「47都道府県 県民性大図鑑」によれば、熊本県の県民性は次の通りであった。
  「頑固で強情っ張り。短気で感情的で激しい気性。何が何でも反論する、たとえ間違っていても自分の意見を押し通す(これを“肥後もっこす”というそうである)。「俺が俺が」で恥やメンツにこだわる。
  保守的で豊か。陰険ではないので気の置けない付き合いができる」

  何か源氏物語の大夫の監その人を見るが如しで、あまりの符合に驚いた。
  千年も昔の、しかもある一人の人物と、現在の熊本県人の県民性を一緒にするのは、随分乱暴な所業と言われてしまうかもしれないが、でも、県民性というものは長い時を経て形成されるのではないのだろうか。それに熊本といえば「阿蘇」であり、火の国である。感情的で激しい気性というものが、阿蘇という自然から作り出されていると言っても、それほどの間違いとは言えないのではなかろうか。
  再度繰り返せば、紫式部は、物語に登場する一つ一つの事象を神経質なほど吟味し大切にする作家なので、たまたま大夫の監が肥後に住んでいたから、というような単純、軽薄なものではなかったはずである。

  それではもう一度、大夫の監の言動を見てみよう。
  玉鬘にどんな障害があろうが問題にしない頑固さ、しかも彼はその障害を「俺が治して進ぜよう」と言っている。そして
  『国の内の仏、神は、おのれになむ靡き給へる』
とまで言っているのである。「肥後の国の神・仏は、すべて自分の手下」と言のだから、神仏をも怖れないその自信と傲慢と慢心は、この上ないものである。
  また、乳母が、玉鬘が彼と結婚することを嫌がっているのに、そんなことには頓着せず、自分の意志だけを押し通す強引さ、そして相手の思惑に関係なく結婚の日取りまで決めてしまうという自己本位。まさに「肥後もっこす」の典型である。
  もしちょっとでも自分の意志に反対するような気配があれば、自分の面子がつぶされたと思って、あの堂々たる体躯にものを言わせて威圧する。
  歌の応酬において、乳母の歌に最初は「なんということを言うか」と威圧をかけたのだが、娘たちの理屈にならぬ理屈に
  『おい、さり。おい、さり(おお、さようである。おお、さようでござる』
と、いとも簡単に納得してしまう。そして乳母の歌を
  『をかしき口つきかな』
  「なかなか趣のある読みっぷりである」とまで褒めるのだから、可笑しい。単純素朴でそう陰険でない性格ということになろう。
  とにかく彼の言動の一つ一つが、先の熊本県人の「県民性」にあまりにも符合しているのだから可笑しくなってしまう。千年の年月を、脈々として熊本人の県民性は受け継がれてきたと言えないだろうか。

 ついでに先の「県民性」のうち京都人の性格も上げておこう。
  「見栄っ張りで慇懃無礼。プライドの高さは日本一。愛想はいいが、他県人を見下している。嘘と本音の使い分けがうまい」
とにかく逢坂の関の向こうは、京都人にとっては「夷」なのである。



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