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源氏物語

省筆の妙  源氏物語たより671

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     省筆の妙    源氏物語たより671

  『蓬生』の巻は、次のような記述で終わる。
  『いますこし問はず語りもせまほしけれど、いと頭いたくうるさく、もの憂ければなむ。今またもついであらむ折に、思ひ出でてなん、聞こゆべきとぞ』
  「もう少し問わず語りもしたいのだけれども、大変頭は痛いし面倒で気も進まないので、今度またついでがあれば、思い出して申し上げるつもりです、ということよ」という意味である。「問はず語り」とは「人が聞きもしないのに、自分から語り出すこと」である。
  源氏物語の話者は、末摘花が光源氏の庇護を受けるようになった結果、さまざまな人の右往左往をここまで語って来たのだが、まだまだ語りたりない。でも頭は痛いし気力も萎えてきたので、この辺りで一旦話すのを止め、またの機会に回しましょう、というのである。

  紫式部得意の「省筆」である。源氏物語全体では、この省筆、ざっと数えても五十か所以上もある。別に頭が痛くなったのでもないし、気力が萎えたのでもない。彼女は、あることないことくどくど書き連ねるのが嫌なのだ。それは品のないことであり、文学芸術の本旨に悖(もと)るというのであろう。歌を何首も書き連ねる『宇津保物語』の轍は踏まないという心意気なのかもしれない。
  源氏物語の省筆の例を上げればきりがないし、それらをぐたぐた列挙すれば、彼女に侮られるかもしれないが、それを怖れず上げてみよう。
  「むつかしければとどめつ」
  「この程のこと、くだくだしければ、例の漏らしつ」
  「かたはらいたければ(具合が悪いので)書かぬなり」
  「さやうのことまねぶに煩らはしくてなん」(「まねぶ」とは、見聞したことをそのまま人に語り伝えること)
  「さのみ書き続くべきことかは」(「さのみ」とは、そのようにむやみに)
  「うるさくてたづねも聞かぬなり」
  紫式部にはプライドがある。知っていることを、あれもこれもと書いたり話したりすることは、思慮ある者のすることではない、と。清少納言が、ことあるごとに知識を閃かせて何でもかんでも得意になって披歴することを、彼女はひどく侮っていた。(それにしては、源氏物語の長いこと)

  右大臣から敵対視され疎外され、心晴れない毎日を送らざるを得なくなった源氏は、ある長雨の降る日、つれづれを慰めようと頭中将など志を同じくする者を集めて「韻ふたぎ(漢詩の韻を使った遊び)」の賭けをする。その結果、中将が負けてしまう。
  中将は「負けわざ(賭けごとに負けた者が、勝った者を饗応すること)」の宴を開くことになった。そこで、漢詩を作ったり管弦をしたり踊りが披露されたりする。
  やがては宴となって、その席で例のとおり参会者が多くの歌を詠う。
ところが、ここでは源氏と頭中将の歌だけを記載し、他の者の歌は披露することなくぴたりと止めてしまう。そして語り手はこう言う。
『多かめりしこと(歌)どもも、かやうなる折の、まほならぬ(出来のよくない)こと数々に書きつくる、「心地なきわざ」とか貫之が諌め(もあり)、たふるる方(貫之の意見ごもっともで)、むつかしければとどめつ』
  これが典型的な省筆である。紀貫之が、ずらずらずらずら書き続けることを快しとしないと言ったとあるが、その史実は明らかではないという。しかしいずれにしても、心ある者は、くだくだしく煩雑なことを書き連ね、語り続けることをよからぬ事とされていた事実はあったのだろう。

  それでは最初の『末摘花』の巻末に戻ろう。
  語り手が「いますこし問はず語りもせまほしけれど」と言っている「問わず語り」とは何を指しているのだろうか。
  実は、源氏に見限られた末摘花を、「今は限り」と奉公人や女房たちは、次々に末摘花邸を去って行ってしまう。ところが、源氏が再び通って来るようになって邸が見違えるほど活気が出てくる。すると、去った者たちは手のひらを返したように
  『上下の人々、我も我も(奉公に)参らむと争ひ出る』
始末になったのである。末摘花が善良無垢なほど内気な性格であることを侮っての行為で、これを厚顔無恥と言う。
  それから二年後、ついに彼女は二条院に迎えられる。破格の扱いである。
 
  末摘花の叔母は、夫の太宰の大弐に付いて筑紫に行っていたのだが、任果てて都に戻ってみると、信じられない事態になっていた。あれほど末摘花を侮り自分の娘の家庭教師にでもしてしまおうと思い、なんとしても筑紫に同道させたかった末摘花がこの有様。あれほどいたぶり、また
  「源氏様ともあろう者が、末摘花のようなとりえのない女を、今後引き続いて世話をするなどありえない」
と馬鹿にしていたのに、なんと、幸せを掴んでしまったのだ。その時の叔母の様を
  『驚き思へるさま』
とだけ言って、終わってしまっている。このさがなき叔母が、末摘花の幸せを見ていかなる行動に出たか、読者の知りたいところである。
  また、末摘花が最も信頼し彼女を陰に陽に助けてきた忠実な女房・小侍従も、あまりの貧困に泣く泣く主人を捨てて、叔母ともども筑紫に去ってしまったのだが、帰ってみれば、この驚天動地の主の変わりよう。彼女はこう嘆く。
  『(末摘花が源氏の庇護を受けるようになったのは)うれしきものの、今しばし待ち聞こえざりつる(自分の)心の浅さを恥づかしう思へる』
  かつて小侍従が、心ならずも末摘花を京に残し、筑紫に下った時の二人の別れは、涙なくしでは見ていられなかったのだが、京に上った時の二人の感動の再会はいかなるものであったか、恐らく涙滂沱であったことだろう。ぜひ知りたいところである。恐らく私のみならず、読者はみなそう思うのではなかろうか。
  それを語りては「頭が痛くなった」の「気力がなくなった」のと勝手に止めてしまった。「ついであらん折に」と言いながら、その後この件に対しての音沙汰はない、のはどういうこと?


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