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源氏物語

冥途のほだし  源氏物語たより672

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     冥途のほだし    源氏物語たより672

  玉鬘一行は、長谷寺詣での途次、椿市(つばいち)で右近と邂逅する。右近とは、かつて夕顔の侍女だった者で、夕顔の怪死を知っているただ一人の夕顔側の人物である。玉鬘の乳母たちは、右近との再会の喜びに言うべき言葉も失うほどに感激し、泣き交わすしかなかった。
    少し心が落ち着いたのであろう、乳母は右近にこう語り始める。
『わが君(夕顔)はいかがなり給ひにし。ここらの年ごろ夢にてもおはしまさんところを見んと、大願を立つれど、はるかなる世界にて、風の音にもえ聞き伝へたてまつらぬを、いみじう悲しと思ふに、老いの身の残りとまりたるも、いと心憂けれど、(夕顔が)うち捨てたてまつり給へる若君(玉鬘)の、らうたくあはれにおはしますを、冥途のほだしに、もてわづらひ聞こえてなむ、またたき侍る』
  「わが君はどうなさいましたか。長い年月夢の中でも、わが君がどこにいられるのか知りたいものだと大願を立てておりましたが、なにせ筑紫という遥か遠いところにおりましたによって、わが君のことは風の頼りにも耳にすることさえできませなんだ。
  それを大層悲しいことと思いながらも、こんな老いの身で生き残っておりますこと、何とも情けなく面目ないことでございます。ただ、わが君が残して行かれた若君が、たいそうお可愛く、いじらしいかぎりでいらっしゃいますことが、冥途のほだしとなっているというわけでございましてな。その玉鬘さまのお扱にいろいろ手こずっておりますままに、いまだに目を瞬いているという次第でございます」
という意味である。
 
  私は、この乳母の述懐を聞いて、彼女が相当教養も高く論理に秀でた人物であることをしみじみ感じ取ることができる。涙にむせびながらの心境吐露とはとても思えない程に整った話しぶりで、しかも言うべきことは全てきっちりと冷静に言い切っている。余人にはなかなかこうまで論理だって思いを伝えられるものではない。
  あえてもう一度彼女の述懐の内容を整理してみると
① まずは、わが君(夕顔)の安否を確かめる
② わが君の生存を信じてぜひ会いたいがために大願を立てていた
③が、あまりに遠い所にいたために、風の便りにも知ることができなかった
④ そう思いながらもこの年まで命永らえてしまったことの面目なさ
⑤ それもこれも残して行かれた若君愛しさゆえ
⑥ と同時に若君愛しさが私の冥途の妨げになっている
⑦ というわけで、若君の扱いに苦労しながら、未だに目を瞬いている

  実は、この乳母たちは夕顔のその後の消息については一切知らないのである。あの十
  五夜の翌日、光源氏が突然のように夕顔を「このわたり近き所へ」と誘い出した時に、乳母たちは、源氏という人物の正体をよくも知らなかったので、幾分の不安を残しながらも、源氏が主を「近き所」に誘い出すのを見送るしかなかった。
  この源氏の誘いが夕顔を不慮の死に追いやってしまったのだ。この道行に同道したのが右近なのである。が、右近はそのまま源氏の二条院に引き取られてしまったので、乳母たちは夕顔の死を知らない。生きているとばかり思っていたようだ。
  そんな状況の中で、乳母の夫が太宰の少弐になり、玉鬘を連れて筑紫に下ってしまう。少弐が当地で死んでしまった後も、京に帰還する手立てもなく九州各地を流離うことになる。ようやく上京するのに二十年近い歳月を要していた。
  この間、乳母たちは夕顔に会うべく願を立てていたのだ。一方の右近も、夕顔の遺児・玉鬘に再会できるよう何度も初瀬詣でをしている。このような情況にあるのだから、初瀬での邂逅は互いに涙なくては済まされなかったというわけである。

  さて、乳母の冒頭の話しぶりに戻ろう。ここには洒落た表現が出て来る。「冥途のほだし」と「またたき侍る」である。
  こうした洒落た表現からも、この乳母は相当の学識・才気ある人物であることが分かる。論理の流れや話の内容の的確さなどと合わせて、なかなかの人物のように思える。
  「またたき侍る」とは言い得て妙である。しかもそれは若君の愛らしさいじらしさゆえだという。その裏には若君が幸せを見つけるまでは目もとじられないという意味が込められている。
  また、若君が「冥途のほだし」になっているという表現もいい。「ほだし」とは、元々は馬の足などを繋ぐ縄のことであるが、「自由を束縛するもの」の意として使われる。あの世に逝くのはいいけれども、逝くに往けない束縛があるというのだ。それが若君の愛らしさでありいじらしさであるというわけである。実際には若君の幸せであろう。若君が幸せを得るまではあの世にも逝けないからいまだに「またたいている」ということで、二つの言葉のつながりが絶妙である。

  余談であるが、「冥途のほだし」は誰にでもあるようで、先日、韓国の時代ドラマを見ていたら、処刑寸前の権力者が最後の言葉を求められて
  「手に入れた土地と財宝が目にちらついて死ぬに死ねない」
と言っていた。あさましいほだしではあるが、これもまた人間としてはよく持つほだしなのかもしれない。
  私のほだしは「我が家の庭」である。ほんに小さな庭ではあるが、今の私の最大の憩いになっている。夏の夕べなどは、縁側の椅子に座って酒をちびりちびりと飲みながら、小庭を眺める幸せはない。冬にはジョウビタキやツグミが時折やって来て、驚いた眼をしてこちらを見たりする。
  極楽には蓮の台があって、私もそこに座れるはず(蓮)だが、泳ぎの苦手な私にとってはいささか窮屈だ。時々蛙などが遊びに来たり、妙なる音楽や迦陵頻伽(かりょうびんが)の声なども聞こえて来たりするのかも知れないが、やはりどんなに小さくても我が家の庭がいい。これを何とか極楽に持っていけないものかと思っているのだが、その手立てが未だに見つからない。ということで、これがほだしになっていて当分は逝かれない。
  源氏も「出家!出家」とよく言うのであるが、彼のほだしになるのが紫上であり、明石姫君で、結局最後まで彼の出家姿を見ることができない。
  韓国の権力者のほだしは誠に「現金」なものであるが、私のほだしも自己中心である点では似たようなものだし、源氏もその域を出ていない。玉鬘の乳母には呆れられるだろう。彼女のほだしは何しろ「孝心(公心?)」なのだから。あんな乳母が後見になっているとすれば、今後の玉鬘は相当な幸せを手にするであろうことが予想できる。

  最後に乳母という存在の不思議さに触れて結びとしよう。彼女たちはなぜかくも主に対して忠実でなければならなかったのか。源氏物語の中でも、「我が主 絶対」の様を何度か見てきている(たとえば夕霧の乳母や雲居雁の乳母など)。夕霧や雲居雁のように主の家柄が特別高貴であるとか権力者であるとかであれば分かる気がするが、夕顔の場合はさしたるものではない。彼女の父親は三位の中将であったということでそれなりの身分であるには違いないが、とうに亡くなっている。しかも家も既に没落している。それでもこれほどに忠義を尽さなければならないのは、何なのであろうか。
  この乳母も、二十年近くも生死さえ分からない主を「わが君」と奉り、その無事を祈って願掛けをし続けている。またその遺児をもなんとしても守ろうとする。彼女の夫(少弐)などの玉鬘を守るべく、その意気込みは凄まじかった。彼は死の床で
  『ただこの姫君、京へ率(ゐ)て奉るべきことを思へ。わが身の孝をば、な思ひそ』
  自分の死んだ後の追善供養などは決して思うではない、姫君のことだけを心に懸けよ、と壮絶な遺言を残して逝っている。
  そう言えば、春日局なども、主・竹千代(秀忠の子 後の家光)を守るために命を懸けて駿府の家康の会いに行っている。源氏も、明石姫君が生まれた時に、現地の乳母だけでは不安に感じたのだろう、京からも忠実で優れた人物を派遣すべく、乳母候補と面接までしている。それだからこそ明石姫君(後の中宮)のような優れた女性が育っていったのだろう。
  いずれにしても、現代の我々には、昔の主従関係は分からないことが多いが、名家の乳母などは相当優秀で教養豊かで忠実な人物でなければならなかったこだけは理解できる。


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