FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←明石入道の人となり  源氏物語たより673 →紫上の明石姫君養育について  源氏物語たより675
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【明石入道の人となり  源氏物語たより673】へ
  • 【紫上の明石姫君養育について  源氏物語たより675】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

なにはともあれ庭園  源氏物語たより674

 ←明石入道の人となり  源氏物語たより673 →紫上の明石姫君養育について  源氏物語たより675
     なにはともあれ庭園   源氏物語たより674

  明石君が大井にわたって来たけれども、まだ邸は完全には出来上がっておらず、いろいろ手入れしなければならないところも残っている。光源氏は、留守番や新しく雇った家司たちに命じてあれこれと修理・修繕させる。前栽の草木も倒れ伏していたりするので、これらは源氏の所領の者どもに命じて繕わせる。
  彼は明石の君に向かってこう言う。
  『ここかしこの立石どももみなまろび失せたるを。情け有りて(趣深く修繕を)しなさば、をかしかりぬべき所かな』
  「立石」とは庭に飾りとして立てて据えた石のことで、それが倒れてしまって見えなくなってしまっているというのだ。そして袿姿で自ら陣頭に立って
  『東の渡殿の下よりいづる水の心ばへ、つくろはせ給ふ』
のである。「渡殿の下よりいづる水」とはもちろん遣水の水である。
  明石入道が、娘・明石君のために造った大井の邸は一時的ないわば仮住まいかと思ったのだが、いやいや随分の豪邸のようである。寝殿から対屋にかけて渡殿まであるのだ。その下から遣水が流れ出ているのだから、その先には大きな池もあるはずで、本格的な寝殿造りのようである。もっとも明石入道は大国の播磨守であったから、金に糸目はつけない。天皇の子である光源氏さまの妻(明石君)が住むべきに相応しいものとして、たとえ仮住まいであろうと豪勢なものにしようと意気込んだのであろう。

  上流の平安貴族たちは一町(120㎡)もの邸を持っていた。立派な殿舎を作ることは勿論であるが、その内部はがらんとしていていた。そこで立派な襖でしきったり、そこに調度などで飾り立てたりした。
  そして彼らの関心の多くは庭園に注がれた。遣水を引き池を広く作りその中に中島を配し、池の背後には築山を造る。そこに松や木斛(モッコク)など立派な木々を植え、また前栽には四季の草花を植え渡した。池や遣水には高価な立石などを配置し、自然そのものを邸の中に再現することに専念した。
  おそらく外出することの少ない姫君や女房の目を楽しませるため、あるいは来客をもてなすことを目的にしたのであろう。また自身も四季の移り変わりを堪能し、作歌などにも役立てていたかもしれない。
  源氏物語の中にも盛んに貴族たちの庭園が描かれる。
  没落宮家である末摘花の邸も荒れ放題になっているとはいえ、かつて華やかだったころを偲ばせるものがある。それは庭木である。成金の受領どもが良い邸を造ろうとして、末摘花の貧窮を侮って、目を付けたのが「この宮の木立」であった。彼らは盛んに
  『放ち給ひてんや』
と売り払うよう迫ってくる。窮したとはいえ常陸宮が心して植えた立木がそのまま残っていたのである。相当立派な庭だったのだろう。
  源氏が流謫の身から京に復帰し、久しぶりに花散里を訪問しようとして大路に車を進めていた。と、その時、ふと彼の目に止まったのが
  『大きなる松に、藤の咲きかかりて、月かげに靡きたる、風につきてさと匂ふ(藤の花の香)』
であった。こうしてすっかり忘れ果てていた末摘花に、松にかかる藤の花を仲立ちとして源氏と再会するのである。つまり貧窮の底にあった末摘花を救ったのは、父宮が残してくれた松と藤の花だったということである。もし成金の受領の庭に移されていたら、彼女の幸せは永久になかった。
  『帚木』の巻にも庭園のことが描かれている。源氏が方違えをと思って選んだのが、紀伊守の邸である。なぜなら、紀伊守の邸では最近中河から水をせき入れて涼しい陰を作っていたからである。立派な遣水に魅かれたということである。その様子は
  『水の心ばへなど、さる方にをかしくしなしたり。田舎家だつ柴垣して、前菜に心とどめて植ゑたり。風涼しく、そこはかとなき虫の声々聞こえ、蛍、しげく飛びまがひて、をかしき程なり。渡殿より出でゐたる泉にのぞきゐて、(供人たちは)酒飲む』
  このくらいの庭を造っておかないと、光源氏さまをお迎えなどできないという心意気なのかも知れない。それにしても「蛍が盛んに飛び乱れる」と言うのだから豪勢だ。
  その源氏も六条院の造営にあたって心こめたのが庭園で、なんと西南(秋の邸)の寝殿から東南(春の邸)の寝殿まで池を繋げて、龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の船を漕ぎ渡れるようにしたのである。(このことは『胡蝶』の巻にある)
  『紫式部日記』の書き出しも庭園の様子から入っている。
  『秋のけはひ入りたつままに、土御門殿の有様、いはむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるに・・やうやう涼しき風のけはひに、例に絶えせぬ水の音なひ、夜もすがら聞きまがはさる』

  このように貴族の邸には立派な庭園があって、彼らはそれぞれ競い合うようにして造園に力を注いだのである。
  ところが、今、京都にはその一つさえ残っていない。これを思うと残念でならない。千年の時と言うものがそうしてしまったのだろうが、人間のおろかしい所業が多くはそれに加担している。その中でも十年にわたる応仁の乱などは、特筆されなければならない愚かさと言うべきであろう。

  京都御所はそれらしい佇まいを残しているが、池がない。御学問所から御常御殿の前にかけて池のような遣水のようなものがあるが、あまりにお粗末で、光源氏には笑われる。大徳寺や南禅寺などには立派な庭はあるが、みな枯山水でこせこせしていて、「ゆおびか」なところがない。あえて言えば、嵯峨の天竜寺や伏見の醍醐寺あたりであろうか。特に醍醐寺の三宝院の池は、寝殿造り(書院造も取り入れてある)を背負っているから平安の面影を偲ばせる。仁和寺の庭も新様式の寝殿造りをバックにしていて好い。
  私の好きなのは、大覚寺である。この寺に繋がっている大沢の池は、いかにもゆおびかで心休まる。JTBの『エースガイド』によれば
  「周囲800メートルほどの広さで、嵯峨天皇が舟遊びをした所。池に沿って歩くと造営当時の姿が偲ばれてくる。日本屈指の古い苑池で、ほとんど原形のまま残されているという。・・池を巡っての観月はここよりほかにないと賞され、中秋の名月には観月の夕べを催す。王朝そのままに龍頭鷁首という船を浮かべ、茶席が設けられる。池の北には古い巨大な椎の木に守られるように石仏が並んでいる。また今では石組みだけとなって、カエデの根元に残っているのが、嵯峨離宮に流れ込んだ名古曾(なこそ)の瀧跡だ」
  大覚寺には、後水尾天皇の紫宸殿を移した寝殿造りがあって、大沢の池はもとより平安の面影を探るにはうってつけである。しかも源氏物語『松風』の巻にこの大覚寺が登場するのである。
  『つくらせ給ふ御堂は、大覚寺の南に当たりて、滝殿の心ばへなど、(大覚寺に)劣らず、おもしろき寺なり』
  この「滝」は、先の「名古曾の瀧(藤原公任の歌『滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ』の百人一首で有名)」を言っている。また源氏が造営している御堂は大覚寺近くの「清凉寺」が当てられるのだから、この辺りは源氏物語を念頭に置きながら散策するには絶好である。

  さて、先ほどの源氏の遣水手入れの後、彼は明石君の母尼と歌の贈答をする。尼君は
  「私は、かつてここに住んでいたのですけれども、今ではその頃もおぼつかなくなってしまって、ただ遣水だけが主人顔をしておりますわ」
と歌い、それに対して源氏はこう応じる。
  「遣水はあなたのことは忘れてはいないと思いますが、あなたが尼に姿を変えてしまったので、戸惑っているのではないでしょうか」
  『常夏』の巻には、若い貴公子を相手に源氏が釣殿に出て、ともに涼を求める場面がある。この席で彼は、内大臣(かつての頭中将)がおかしな娘を引き取った話を内大臣の息子から引きだす。当面のにっくき内大臣の鼻を明かそうというのだ。
  『朝顔』の巻には、朝顔に夢中になっている源氏のことで悩みの深い紫上は、月がいよいよ澄み渡り遣水が氷で行き場を失うように流れているのを見て、
  『氷閉ぢ 岩間の水は行き悩み 空すむ月の影ぞ流るる』
  遣水の水は紫上そのものであろう。

  こう見て来ると、池や遣水などを配した庭園は、ただ鑑賞するものでも、客人をもてなすものでもなく、彼らの生き様そのものであった気がしてくる。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【明石入道の人となり  源氏物語たより673】へ
  • 【紫上の明石姫君養育について  源氏物語たより675】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【明石入道の人となり  源氏物語たより673】へ
  • 【紫上の明石姫君養育について  源氏物語たより675】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。