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源氏物語

藤壺宮の死  源氏物語たより677

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     藤壺宮の死   源氏物語たより677

  『入日さす峯にたなびく薄雲は もの思ふ袖に色やまがへる』

  実に静かな歌である。しかし静かであればあるほど光源氏の絞り出すような悲しみは強められる。声なき慟哭と言っていいだろう。
  彼が、生涯理想の女性として慕い続け、時には過ちもあった藤壺宮は死し、鳥野辺で荼毘に付されて、煙となって空に消えて行った。

  二条院に戻った源氏は日一日泣き暮らすのである。そんな姿を人が見咎めるかもしれないと、念誦堂に籠る。と、
  『夕日はなやかにさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄くわたれるが、鈍色なるを、何ごとも目とまらぬ頃なれど、いとものあはれに思さる』
のである。念誦堂の格子を透かしてであろうか、夕日が華やかに射し、梢が鮮やかに見える。その峯に薄雲が横たわっている。優艶なる夢幻の世界を映し出していて、まるで新古今集が好んだ世界である。藤原定家の歌に
  『春の夜の夢のうき橋とだえして 峯にわかるるよこぐもの空』
がある。源氏物語のこの「薄雲」の歌をそのまま写したようである。恐らくこの歌を本歌にしているのだろう。春の夜の夢といえば、艶麗な恋の夢であろう。その夢が「ふと」途絶えて目が覚めた。とその目に、明けていく東の空に紫がかった美しい横雲が、今まさに峯から離れて行かんとしている。甘美な夢の続きに見る横雲である。

  ただ定家の歌には悲しみの響きは微塵もない。ひたすら甘やかな夢幻の世界である。源氏の歌は、優美な上の句から下の句に至って悲しみへと一転する。華やかにさす夕日、峯に棚引く薄雲の夢幻は、一瞬にして現実と入り紛う。彼の着ている衣の袖は鈍色である。つまり喪服なのである。殿上人などは、みな等しく喪服に身を包んで、宮の死を悲しまなかった者はない。
  しかし、源氏の悲しみは、彼らとは次元を異にしている。
  源氏は、二条院の庭前の桜を見て、彼が二十歳、宮が二十五歳の時の「花の宴」を思い出したと、本文にはある。しかし、彼の脳裏を本当に横切っていたのはそうではないのではあるまいか。おそらくそれよりも二年ほど前、強引に宮と契った時のことであるはずだ。拒み切れずに源氏の求愛を受け入れてしまった宮は、
  「何とも辛いわが身」
と嘆かずにいられなかったのだが、そうかと言って完全に源氏を拒絶することはなかった。むしろ源氏との夢のような甘やかな愛に酔ってもいた。
  その時、歓びの悲しみとともに、二度とはないであろう宮との甘美な夢の世界に酔い痴れて、源氏はこんな歌を詠んでいる。
  『見てもまた逢う夜まれなる夢のうちにやがてまぎるるわが身ともがな』
  (今こうしてお逢いはしていますけれども、もう二度とお逢いすることはできないでしょう。だったらいっそのこと、この夢に紛れるようにそのまま私は消えて行ってしまいたいものです)
  「もの思ふ袖」の内容には、「花の宴」のこともあるだろうが、それよりも彼の生涯を通じて脳裏から離れることのない、あの夜の逢瀬に違いないのである。

  今その人はいない。念誦堂で見た峯に横たわる鈍色の薄雲は、鳥野辺で煙となった宮の象徴であろうし、源氏から永遠に離れ去っていく宮そのものでもある。内に秘めながらもこの二十余年間にわたって、源氏の心の中で、華やかに明るく輝き続けていた宮は、そのまま消えて行く。かつては彼が「宮との甘い夢のうちにそのまま紛れてしまうわが身であったら」と嘆いたのだが、今はその宮が空に紛れて行こうとしているのである。まさに滂沱の涙であるに違いない。

  二人が逢瀬を持ったのは三度。最初の逢瀬については具体的な記述がないから分からないのだが、三度目は源氏にとっては屈辱的なものになってしまった。読んでいても顔を赤らめてしまうほどのあられもない醜態を源氏は演じる。それだけではない、源氏のあまりに執拗な求愛に恐怖を覚えた宮は、尼になってしまったのである。それはそうであろう、二人の恋は、禁断中の禁断なのである。中宮を犯すのみならず、二人の間の子が今は春宮なのである。ことが露わになれば、春宮の地位はすべて水泡に帰してしまうばかりではない。二人の人生も終わってしまうのだ。しかし恋に盲目になってしまった源氏は、ことの重大性を認識する理性まで失ってしまっていた。
  それを怖れた宮はついに尼になってしまったのである。尼である以上、恋は成立しない。それ以降、二人の男女の関係は途絶えてしまう。
  しかし、源氏の心に燃え続ける宮への思慕まで途絶えてしまうというものではなかろう。尼としてこの世にある以上、かすかにでもその姿を見ることはできる。
  しかし峯の薄雲となってしまったのでは、もう逢おうにもその手立てはない。しかもその薄雲さえやがては消え行こうとしているのである。鈍色の袖は涙で一層その色を濃くいたことであろう。
  源氏は、宮とのさまざまなことを思い出しながら、庭先の桜に目をやり、古今集の哀傷の歌を口ずさむ。
  『深草の野辺の桜し 心あらば今年ばかりは墨染めに咲け』
  桜が墨染めに咲くことなどあり得ない。しかし、源氏の思いは、「私だけではなく、桜よ、お前も私とともに泣いておくれ」と口ずさまずにいられなかったのだ。


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