FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←とんとん拍子の出世  源氏物語たより683 →衣の裾をひき鳴らす
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【とんとん拍子の出世  源氏物語たより683】へ
  • 【衣の裾をひき鳴らす】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

珠玉の掛詞~玉石  源氏物語たより682

 ←とんとん拍子の出世  源氏物語たより683 →衣の裾をひき鳴らす
     珠玉の掛詞~玉石~   源氏物語たより682
   
  『玉鬘』の巻で、右近が玉鬘の人物評価をする時に、彼女が返してきた歌を根拠にしているという話を前回問題にした。その歌が
  『初瀬川はやくのことは知らねども 今日の逢ふ瀬に身さへなかれぬ』
  (私は以前のことは知りませんが、ここ初瀬であなたに逢うという僥倖(機会)を得ました。その嬉しさに初瀬川が早く流れるように、私も涙が留めなく流れて自分の身も流れてしまいそうです)
である。私にはさして優れた歌とも思えないのだが、右近は
   『いで、あはれ』
と痛く感銘し、この返歌を基にして玉鬘の人となりを高く評価するのである。
  これはどういうわけであろうか。恐らくこの歌に三つもの掛詞が使われているからではなかろうか。それはとりもなおさず紫式部が掛詞を非常に重視していたということに繋がる。事実、源氏物語の歌の多くに掛詞が使われているのである。

  さらに、このことは紫式部に限らず、掛詞は作歌上の当時のごく当然の歌の技巧ではなかったかということでもある。古今集の恋の部を調べてみたところ非常に多くの歌に掛詞が使われていることが分かった。特に恋の部の「三」や「五」では異常なほど多く、前者が35%、後者が36%という掛詞使用率なのである。竹取物語などでも十五首の歌のうち、なんと十一首に掛詞が使われている。また時代の異なる歌を集めた「小倉百人一首」でも、掛詞の使用率は極めて高い(37%)。
あたかも掛詞を使えないようでは人間的に失格とでも言っているようである。

  ところが近代短歌ではこの修辞が全く使われなくなってしまった。この傾向は、正岡子規が、対象を見たままありのままに詠う、いわゆる客観的な「写生の歌」を推奨して以来と思われる。根岸派の人たちは枕詞以外の修辞(縁語や序詞など)を使わなくなってしまった。現代短歌でもこの傾向は変わらない。近・現代歌人たちは、技巧に走ることを嫌い、みな真面目くさった歌ばかり作っている。
  私には、根岸派(アララギ派)の歌はあまりに当り前すぎて「だから何なの!」という思いしか浮かんでこない。また現代の歌人たちは、極端に難解な歌ばかり作るようになってしまった。アララギ派の歌も現代歌人の歌も、平凡過ぎて面白くないか難解すぎて面白くないかの違いがあるだけである。したがって、覚えておこうなどという歌は一つもなくなった。
  彼らには余裕がなくなってしまったのだとしか考えられない。

  恐らく、子規以前の歌には、掛詞や縁語などの修辞がもっと使われていたのではなかろうか。明治以降、日本は欧米に追い付け追い越せの富国強兵を目指したがゆえに、過去の風俗習慣、文化などを打ち捨ててしまった。そのような時代性を背景にして、子規は日本の伝統である歌文化をも「古いものは悪」「軟弱なものは悪」と決めつけ、力強い「万葉に帰れ」「実朝に帰れ」を身上とした。
  力強い国家の建設のために日本は国中が眦(まなじり)を決していきり立ち、余裕を失い和を忘れ優しさを喪失していった。そして、先の見えない暗い世界へと突っ走ってしまった。

  戦後、平和を取り戻したとはいえ、まだ平安人や江戸人の明るさや余裕というものは戻っていない気がしてならない。特に現代短歌の世界は哀れというしかない。一様に真面目で肩肘張って、難しい歌を作ることに邁進している。彼らは自分だけの世界に埋没してしまっていて、みんなで歌を楽しむという姿勢が微塵もない。また、糞難しい歌を歌の評論家たちは、いかにも心得たような高級な解釈をして褒めちぎる。彼らはぐるになって一般人を置き去りにして、彼らだけの世界に暗く沈み込んでいる。

  私は「円居」が好きだ。円居とは「人々が丸く並び座ること(広辞苑)」である。広辞苑には古今集の次の歌が例示されている。
『思ふどき円居せる夜は 唐錦たたまく惜しきものにぞありける』
  (気の合う同志が膝ちかづけて酒を酌み交わす今夜は、むざむざ唐錦を裁つことなどできぬように、座を立って帰るのが何とも惜しくてたまらない ~新潮日本古典集成~)
  唐錦は舶来の高級織物で、裁つのは惜しいということ。「たたまく」が、「裁つ」と「立つ」を掛けている。平安貴族はしばしば円居をした。江戸の庶民もまた、落語「長屋の花見」などで知れる通り、貧しくとも思うどちで花見などに興じた。江戸人は、洒落を言い冗談を言い笑い合って、その日暮らしをする、私の好きな世界である。

  話しは大きく飛ぶが、私の故郷である綾瀬市に五社神社という神社があって、そこに「ヤマトタケル命の腰かけ岩」という岩がある。それが締め飾りと立派な建て屋に守られて神々しく鎮座している。先の尖った岩で、見るからに座りにくそうである。
ところで、この神社から7,8キロしか離れていない藤沢市にも、まさにその名の通りの「越掛神社」という神社がある。
  父・景行天皇に命じられたヤマトタケル命は、東征伐を終えたが、すっかり疲れ果てていたのだろう、7,8キロ歩くたびに手頃な岩(五社神社の岩はどう考えても手ごろではないが)があると、その岩に座り込んでいたようだ。その後、足柄峠を越え甲府に出、中仙道を婚約者の待つ宮(名古屋)に帰って行く。
  さらに、伊吹山の神を退治に行くが、逆にとその神に完膚なきまでに敗れてしまう。気息奄々として、それでも望郷の念断ちがたく、大和へ大和へと向かう。しかし三重に折り曲がった足はいかんともしがたく、ついに三重の能褒野(のぼの)というところで絶命してしまう。
  ということは、伊吹山の神に敗れたのではなく、綾瀬や藤沢で既に彼はすっかり疲れ果てていたというのが正しいだろう。

  先日、都合があって藤沢の「腰掛神社」に寄ってみた。ここの腰掛け岩にも、相模風土記や社伝のいわく因縁が、説明板に麗々しく書かれていて、厳重に柵で囲われている。ここの岩は、五社神社の物とは違って、いかにも優しくまん丸い。その岩の名が
  『腰掛玉石』
である。
  最初こそ気づかなかったが、なんということか、これは見事な掛詞ではないか。ヤマトタケル命が「腰掛け給ひし」を掛けているのである。この神社の祭神はもちろんヤマトタケル命である。その祭神が「腰かけた石」ではいけない。「お腰をお掛けになられた玉の如き石」でなければならないのである。
  五社神社の祭神は、ヤマトタケル命ではないので、石は尖っていようが傾斜していようが構わない。私は、この五社神社の尖り石が、彼をして伊吹山で山の神に完敗させた原因であると思う。あの尖りで尾骶骨を痛めてしまったのだ。その痛さに耐えかねて、英雄ともあろうヤマトタケル命が、わずか7,8キロ先の玉石に再び腰をお掛け給わなければならなくなったのだ。優しく丸い石が彼をほっとさせ癒し、とにもかくにも婚約者のミヤズ姫が待つ熱田の宮にまでは帰ることが出来た。しかし、伊吹山ではもう敗れるべくして敗れるしかないほどに尾骶骨は病んでいたのだ。

  ところで、この掛詞は、誰が考え付いたものであろうか。江戸時代にこの神社の社殿は火災にあい、悉く焼けてしまって、それを寛政時代(1789年~1801年)に再興したとある。恐らくその社殿の完成祝いに、世話人たちが集まって円居をしたのだ。彼らは酒を酌み交わし歌を歌いあい歓談して盛り上がった。すると誰かが
  「ヤマトタケル命さまがお腰をお掛けになった石は玉のように丸いから、どうだ、この石を“腰掛玉石”とでも命名しては・・」
と発案したところみなが賛同し、以後「腰掛給ひし」となったのだ。
  ところで、彼らはこの命名を掛詞として意識していたのだろうか。私は意識していたと確信している。なぜなら江戸の人々の洒落やセンスはこの上ないほど突出していたからである。特に文化・文政の頃(1804年~1831年)の彼らは、驚くほど明るく和やかで諧謔に満ちていた。それは狂歌や小咄で知ることが出来る。広辞苑には「文化文政期」の特徴をこう説明している。
  「江戸市民は遊楽を事としたが、町人芸術は爛熟の極に達し、式亭三馬、曲亭馬琴、小林一茶、歌麿、写楽、北斎など優れた作家を輩出した。
  また地方文化も盛んになった(一部省略)」 
  腰掛神社の世話人たちは「腰掛玉石」と聞いた途端に拍手喝采したはずである。
                              
  それにしても「玉石」が「給ひし」であったとは、超絶の珠玉の掛詞と言っていいのではなかろうか。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【とんとん拍子の出世  源氏物語たより683】へ
  • 【衣の裾をひき鳴らす】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【とんとん拍子の出世  源氏物語たより683】へ
  • 【衣の裾をひき鳴らす】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。