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源氏物語

末摘花いびり極まる 源氏物語たより684

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     末摘花虐め極まる   源氏物語たより684

  正月の晴れ着にと、光源氏は御方々にそれぞれ相応しいと思われる衣装を選ぶ。お付きの女房たちが源氏のお手伝いをして、相手の容貌や状況などに合わせながら衣装を次々決めていく。例えば紫上には
  『紅梅のいといたく紋浮たるに、えび染の御小袿、今様色の優れたる』
ものである。「紅梅・・小袿」とは、紅梅の模様がはっきりと浮き出たえび染めの小袿ということである。さらにそれに流行りの衣装を添えたのである。また玉鬘には
   『くもりなくあかき、山吹の花の細長』
で、鮮やかな赤の上着と、山吹の花の細長を贈るのである。「山吹」とは、表が赤みがかった黄色、裏が黄色の襲(かさね)のことで、いかにも華やかである。

  さて、末摘花にはどんな衣装を贈ろうとしたのであったろうか。それは
  『柳の織物に、よしある唐草を乱り織りたるも、いとなまめきたれば、(源氏は人知れずほほ笑まれ給ふ)』
という衣装であった。「柳」とは、やはり襲(かさね)のことで、表は白、裏が青である。女房たちは末摘花の人柄を想像して、「柳」がいいと判断したものであろう。これは我々が知っている地味で古風な末摘花に相応しいものである。
  ところが、その衣の模様がいけなかった。由緒ありげな唐草の乱れ模様なのである。あまりに「なまめかし」過ぎるから、不細工な末摘花には似つかわしくないと思ったのだ。「艶っぽい、婀娜っぽい、色っぽい美しさ」ということには無縁の彼女の衣装が選ばれたことに、思わず「にやり」としたのである。この「にやり」は苦笑いと言った方がよいであろう。

  源氏お付きの女房たちは、末摘花はもとより明石君も玉鬘も、実際には顔を見たことはない。しかし時には源氏が冗談交じりに彼女たちの話をし、末摘花についてはその地味さ古体さを語ることもあったであろう。それらを想像しながら、とにかく末摘花様には地味なもの、でも宮様のお子様でもいらっしゃるのだから、などとあれこれ勘案した結果、「柳襲のいとなまめきたる」衣装に決めたものと思われる。

  しかし、この辺りから物語上の矛盾が露呈しくる。なぜなら末摘花が源氏の邸・二条東院に来てから既に四年以上たっているのである。源氏と彼女が付き合い出してから数えれば、なんと十七年も経っているのだ。おそらく源氏は、毎年関係する女たちに正月の晴れ着を贈っていたはずである。したがって、女房たちは毎年、その衣装選びをしていたであろう。だから今までも末摘花にそぐわないものであれば、源氏が咎めていたに違いない。それにもかかわらず、今頃になって末摘花とおよそかけ離れた「いとなまめきたる」衣装を贈るはずはないではないか。
  紫式部は、末摘花のこととなると常軌を逸したように向きになる。何か意趣があるとしか思えない。このことに関しては、以前も特に「末摘花」の巻で取り上げたところであるが、この「玉鬘」の巻で一層その傾向が顕著に出てくる。

  それではさらにこの正月の衣装配りの顛末を見て行ってみよう。
  源氏から晴れ着が贈られた女性たちは、「さてその御礼はどうしょう」と苦労する。まずは源氏の命を受けてやって来た使いの者に洒落た禄を与えなければならない。六条院にいる女性方は心を尽くした禄(多くは衣装)を被ける。
  ところが、空蝉と末摘花は遠く離れた二条東院にいるのだから、あまり四角四面に格式ばって御礼をする必要もないのだが、末摘花は違う。とにかく
  『うるはしくものし給ふ人にて、あるべきことはたがへ給はず』
という人柄であるから、きちっとすべきことはしないと気が済まないのだ。「うるはし」とは「きちんとしている」とか「礼儀正しい、格式ばっている」という意味で、使いが来ればきちんと禄を与えないではいられないのである。
  しかし、肝心のその禄がいけなかった。
  『山吹の袿の、袖口いたうすすけたるをうつほにて(使いに)かづけ給へり』
という非常識だったのである。「山吹」は例の襲のことで、黄色っぽい衣の袖口が大層煤けた袿を与えたのだ。しかも、与えたのはそれだけで、下の衣などはかづけなかった。「うつほ」とは「洞」のことで、何もないという意味である。通常であれば上着に下着などを添えるのである。

  ところで、これを末摘花の非常識だけに帰してしまっていいのだろうか。というのは源氏と付き合い出してから十七年、須磨・明石の没交渉の期間はあったとしても、その後、二条東院に移ってからでも、源氏からさまざまな衣装が配られているはずではないか。今更「煤けた」袿などを着ているとは考えられない。
  一歩譲って、末摘花は、確かに古いものを大切にするという以前からの性格ではあった。古いものは彼女にとっては大切なものであるから、それを使いにかづけるのは、彼女にとっては最高のもてなしとなる、という弁解もできなくはない。
しかし、太政大臣・源氏の妻たる者が、今更「煤けた衣」を後生大事に持っているだろうか。あり得ないことを平気で書く。
  なぜここまで紫式部は彼女を虚仮にしなければならなかったのだろうか、それは分からない。紫式部に末摘花のような女性に対する前世からの怨念があったとしか考えられない。

  しかも、源氏に添えた手紙のひどさと言ったらない。「陸奥紙で少し年経て黄ばみたる」はまだ許せるが、その文面と添えた歌がこうなのである。
  『いでや、たまうたるは、なかなかにこそ
  着てみればうらみられけり唐衣返しやりてん袖を濡らして』
  「いでや・・なかなかにこそ」が難しいが、「あなた様から衣を頂きましたが、頂いたことがかえって・・」という意味で、「かえって」以降が歌の内容に書かれていることである。彼女が言いたいのは、おそらく「衣は届けていただきはしましたが、あなたのお出ではさっぱりないではありませんか」という不満であろう。
歌の意味は
  「着てみればかえって恨めしく思われてなりません。いっそのこと返してしまいたいほどです、涙で袖をぐっしょり濡らして」
ということになる。私たちの「源氏物語を読む会」では、私がほとんど解説もしないのに、一斉に「なんとひどい歌!」という感想が漏れた。また「でも源氏が悪いんでしょ」と言う声も漏れた。源氏が悪いのではない、ここまで徹底して末摘花をいびろうとしている作者が悪い。
  ところでこの歌には「縁語」が五か所と掛詞が一か所も使われている。着る、かえす(裏返す)、唐衣、うら(衣の裏)、袖は、みな衣の縁語。さらに「うら」が、衣の裏と怨むの掛詞。要は修辞のオンパレードで、これは紫式部が一番評価する点ではなかったのか。なぜなら玉鬘が歌の中に三か所も掛詞を使っていることをあれほど高く評価していたではないか。この点で末摘花も評価されよいはずである。しかしそんなことには素知らぬ顔をしている。

  それにしても、いくら源氏が二条東院に通ってこないからといっても、日ごろ生活上の世話は滞りなくしているのだし、生きていくに困ることなど一つもない。没落貴族の末摘花にとってこれほどありがたいことはない。そもそも源氏の情愛など疾うになくなっているのだし、それは彼女自身が一番知っていることである。それなのに通いがないからと言って
  「袖を涙で濡らして返してしまいたい!」
はないであろう。
 
  この後、紫上に向かって源氏の嫌味な末摘花いびりが混々と続く。まず
  『いと恥づかしき君なり』
で始まり、なんと二ページにわたるのである。しかも小難しい理論の展開で、聞いている紫上も相当尻がむずむずしてきて「いい加減にして!」と思いながら聞いていたのではないだろうか。
  もちろん源氏が語っているのではない。紫式部が自己の考えを源氏を通して開陳しているのである。
「末摘花」に関する話は確かに面白いかもしれない。しかし作者の勇み足で、何度も読んできた私には、暗く重い気持ちを強いるものでしかない。源氏物語の唯一の汚点は末摘花いびりにある。



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