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源氏物語

睦まじい贈答歌の裏 源氏物語たより685

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     睦まじき贈答歌の裏   源氏物語たより685

  年の改まった元日、光源氏は女性方に年始のあいさつ回りをする。紫上の部屋に行ってみると、女房たちが大騒ぎをして、飾餅(鏡餅のこと)を持ち出し歯固めの祝いをしている。「歯」は、「齢」に通じるということで、健康・長寿を祝うのである。
  例によって源氏は女房たちに冗談を言い言い、彼女たちのために祝い言をする。

  さて、今度は紫上に祝い言をする番である。源氏はこんな歌を詠む。
  『うす氷とけぬる池のかがみには世に類なき影ぞ並べる』
  源氏物語の中では、比較的素直で易しい歌である。この「かがみ」は、先ほどのめでたい鏡餅と関係させている。邸園の池の水面が鏡のように澄んでいるのを見て詠んだものである。「影」は、源氏と紫上の姿が水面に映っている様で、全体は
  「春になって薄氷もすっかり溶け、池の水面は鏡のように澄んでいます。その鏡にこの世には類ないほど幸せで理想的な私とあなたの姿が並んで映っているではありませんか」
という意味になる。

  この歌に対して、紫上はこんな歌で応じる。
  『くもりなき池の鏡によろづ世をすむべき影ぞしるく見えける』
  この歌も素直で易しい。「すむ」は、「住む」と「澄む」の掛詞で、
「一点の曇りもなく澄んだ鏡のような池の水面に、これから万年もご一緒に住むはずである二人の影がはっきり見えておりますわ」
という意味になる。

  二人が詠み交わした歌に対して、語り手はこう評価する。
  『末遠き御契りをあらまほしく聞こえかわし給ふ』
  「行く末長い二人の縁(えにし)を、誠に理想的に歌い交わしていらっしゃいます」
という意味だが、確かに語り手の言うとおり、二人の歌は誠に睦まじい限りで、相思相愛、琴瑟相和(きんしつあいわ)す申し分のない夫婦の贈答歌になっている。

  「でも・・」と、つい余計な心配が付き纏ってしまう。なぜなら紫上は本音を詠っているのだろうかという疑念が湧いてきてしまうからである。
  源氏が、紫上を類なく理想的な女性として心から尊敬し愛していることには間違いはない。したがって、彼が詠った歌に過ちなどあろうはずはないのである。
  しかし、紫上の歌を額面通り取っていいのだろうか。語り手が「あらまほしく聞こえかわし給ふ」と言っているのだから、「ふむ、ふむ、結構、結構、何とも幸せそう」と素直に取っておけばいいのだが、やはり疑念は残る。源氏の日ごろの素行を見れば、紫上にとってとても「末遠き御契り」などと油断はできないからである。

  改めて紫上の歌を見てみよう。どうも怪しいのは「すむべき」の「べき」である。これは「確信の推量」を表す助動詞「べし」の連体形である。したがって「・・にちがいない。きっと・・だろう」という意味を持つ。つまり「一点の曇りもなく澄んだ関係を保ちながら、万年をもあなたと住むはずである」ということになる。
  また、この「べし」は、「予想」や「予定」をも表す。こちらの意味で見て行くと大分怪しくなってくる。源氏を心から信じていないニュアンスが出て来てしまうからである。予定はあくまでも予定でしかない。もっとも「確信」の意味に取ったとしても、紫上が完璧に源氏を信じて万年の先を確信していることにはならない。これもあくまでも「推量」でしかない。

  もし彼女が源氏との万年の縁を疑いもしなかったとしたら、歌はどう詠えばよいのだろうか。とにかくこの「べき」を別の言葉に置き換えなければならないだろう。
  そこで、
  「くもりなき池の鏡によろづ世を住み着く影ぞしるく見えける」
などと直してみたが、どうだろうか。女性の中の女性、理想的な女性である紫上が「住み着く」などと下種な言葉を使って表現するはずはないが、とにかくこれであれば、源氏としても一安心ということになるのだが。

  紫上に寿ぎの歌を詠った源氏は、この後、明石姫君のところに行き、さらに花散里に渡って行き、玉鬘のところに回る。そして最後は、明石の御方のところに渡って行くのだが、もう暮れ方になっていた。
  そしてなんと源氏はここに泊まってしまうのである。なにしろ白い小袿に
  『けざやかなる髪の掛かりて、すこしさばらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひてなつかしければ』
とても帰る気もしなくなってしまったのである。「さばらかなるほどに薄らぎにける」とは、「こざっぱりして先細りしている(小学館より)」様である。また「なつかし」は心惹かれるという意味で、白い表着に黒髪がさっぱりとかかって、大層優艶で色気さえ湛えている明石君は源氏の心を惹きつけて離さない。帰る気がしなくなるのは当然のことである。

  紫上とすればたまらない。今日は年の初めの最初の晩ではないか。正妻のところに泊まるのが筋である。まさに泊まる「べき(義務の意味を持つ)」である。もちろん紫上は表面だって焼きもちを焼くような不見識なことはしない。でも源氏に初春の祝いをしてもらった女房たちが許さない。「なんと浅ましいこと、面白くない!」と紫上に変わって憤る。
 
  源氏もさぞかし紫上が気分を害しているであろうと思って、朝もまだ早いうちに紫上の所に帰ってきて、こんな嘘をつく。
  『あやしきうたた寝をして。若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかし給はで』
  (とんだうたた寝をしてしまって、年甲斐もなく大人げなく眠りこけてしまったのを、そういって起こしても下さらないものだから・・小学館)
  とんでもない嘘である。「うたた寝」どころか、彼は、昨夜は寝もやらずしっぽりと明石君と閨を共にしたに違いないのである。
  さすがにこの嘘には紫上は何も返事をしない。源氏はこと面倒と思って狸寝入りを装って日が高くなるまで寝てしまう。これがめでたかるべき二人の元旦の夜なのである。
  これではとてもとても「よろづ世」を契れるはずがない。やはり先の「べき」は彼女の希望的推量(あるいは希望的観測)に過ぎなかったようである。


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