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源氏物語

王朝の雅・華麗を男踏歌に見る  源氏物語たより692

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     王朝の雅と華麗を男踏歌に見る  源氏物語たより692

  まず「踏歌」とはどんなものなのか、小学館の『源氏物語図鑑』や新潮撰書の『源氏物語手鏡』などから見てみよう。
踏歌は天武天皇の御代(675年)に起こったという。
  地を踏み舞って豊年・繁栄を祈念するところから“踏歌”という。正月十五日(後には十四日)には男が、十六日には女が踊った。歌頭(うたがしら 歌舞の時最初に発声する者)六人を先頭に、歌掌や舞人が続き、その後に和琴、琵琶、横笛、笙、篳篥(ひちりき)などを受け持つ楽人がずらりと従う。紫宸殿に出御の帝が、王卿を召して酒宴を開きながら踊りをご覧になり、また祝詞をお受けになる。
  内裏を退出した踏歌の一行は、院、東宮、中宮、あるいは市中の顕官の邸宅を巡り、同様に踏歌を行う。そして暁には宮中に戻り、前のように御前に坐し酒餞を賜り、管弦を奏して禄を賜って終わる、という次第である。
  円融天皇の御代(987年)を以って中絶したというから、源氏物語が書かれたのは1008年のころなので、この頃にはすでになくなっていたことになる。ただし、源氏物語は、醍醐天皇(在位897~930)の時代を舞台としているから、この物語の上では踏歌の行事は行われていたという設定になる。それにしても相当長い歴史を持った年中行事だったようである。

  源氏物語には、末摘花、初音、真木柱、竹河の各巻に出て来る。もっとも末摘花と竹河の巻にはほんのちょっと顔を出すだけで、踏歌の実態は分からない。初音の巻が最も詳しく記述されている。この行事について記した資料はきわめて少ないということなので、源氏物語は貴重な歴史資料と言える。
  現代の成人式は、戦後(1948年)、一月十五日に定められたのだが、恐らくはこの踏歌を範としているのではなかろうか。そうだとすれば、今は一月の第二月曜になってしまったことが残念に思われる。

  それでは、『初音』の巻に出て来る男踏歌の様を見てみよう。
  光源氏が、正月の挨拶回りにと女性方を回り終えた後、
  『ことしは、男踏歌あり。内裏より朱雀院にまゐりて、次にこの院にまゐる。道のほど遠くて、夜明け方になりにけり』
とある。この文章だけでもいろいろ歴史上の事実が分かって来る。まず「今年は男踏歌あり」とあるところからすれば、毎年行われていたわけではないということが分かる。
  「朱雀院」とは、源氏の兄である朱雀帝が退位した後に住まいとされた所を指している。この朱雀院は三条と四条の間にあったので、内裏からはそれほど離れてはいない。
  ところが、「この院」とは、源氏の邸つまり六条院を指しているので、事情は違ってくる。六条院は当然のことながら六条にあるので、朱雀院からは3キロ以上も離れている。したがって、「道のほど遠くて」とはこのことを言っていることになる。その途中で朱雀院の母・弘徽殿大后の所などにも寄っているのだから、六条院に着くのが「夜明け方になりにける」のも頷けることである。
  冬だからまだいいようなものの、舞人はたまらない。内裏からでは五、六キロに及ぶ距離をずらずら歩かなければならないし、その間に地を強く踏んで舞ったりしなければならないのだ。しかも内裏や顕官の御前で舞うのだからいい加減なことはできない。彼らは極度の緊張を強いられたはずである。

  話しは飛ぶが、私は葵祭りを二度ほど見ている。最初の時は、堀川通りから下鴨神社に寄り、さらに鴨川堤に添って上賀茂神社まで祭りの行列に付いて行った。6,7キロはあろうか、相当の距離である。それに葵祭りは四月に行われるので暑さがこたえる。私のように見物人はとにかくとして、牛車を引いたり大きな花笠を持ったりして歩く人は大変である。彼らはジュースも飲めないのだ。
  一方、踏歌は夜行われる。街灯があるわけではないし真っ暗闇の中を粛々と渋々と歩き続けなければならないし、顕官の邸に着けばいかにも楽しそうに舞い歌いしなければならない。

  さて、六条院に着いた時には
  『月の曇りなく澄みまさりて、薄雪少し降れる庭のえならぬ(素晴らしい風景)に、殿上人なども物の上手多かる頃ほひにて、笛の音もいと面白く吹きたてて・・』
というさまであった。歌頭や楽人には殿上人などの内、それなりに高度な技を持った者がなるのである。それを太政大臣である光源氏をはじめとして、多くの高貴な御婦人方が見ているのだから、彼らはいやがうえにも緊張する。源氏方では、酒や湯漬を出して楽人たちを大いに歓待しているが。

  ところが、夜もようよう明け行くころになると、月の光も荒涼たる雰囲気を帯びてきた上に
  『雪はやうやう降り積む。松風小高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほど』
になってしまった。「すさまじ」とはぞっとする感じを言う。月の光も荒涼としている上に雪さえ降ってきた。しかも小高い松の木からは寒々とした風が吹き下ろしてくる。踏歌は一転、ぞっとするような雰囲気を醸してきたというのである。
  それに舞人の着物にしても、冠に就けている飾りの綿にしても何の趣も色合いも感じられないし、高巾子(かうこうじ 冠のてっぺんの髪を入れるところを特別高くしたもの)も、あまりにこの世離れしていて見苦しいだけで、祝いの言葉もありきたりで仰々しい・・と、天候のみならず踏歌の連中のことまで散々な評になってくる。

  一方、それを見ている御婦人方の様子は
  『いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ(仰山で豊かなさま)、ものの色合ひなども、あけぼのの空に春の錦たち出でにける霞のうちかと見渡さる、あやしく心ゆく見ものにぞありける』
と、踏歌連中とは逆の高い評価になってきてしまった。御簾の陰などからこぼれ出た御婦人方の衣の袖口が、あまりにあでやかで美しいものだから、明け行く空に春の錦が姿を表したのかと錯覚されるほど感動的であるというのだ。もう踏歌などはそっちのけになってしまったのだから困ったものである。
  もっともこのご婦人方の中には、紫上はもとより、玉鬘、明石姫君(女御)など錚々たる美女軍団がいるのだから、楽人・舞人がけなされても仕方がない。
  それにともかくもここは太政大臣様のお邸なのである。褒めないわけにはいかない。
  「満ち足り命延びる」
とあるのは、ご婦人方を見ている人々の感慨だけではないのではあるまいか。恐らく歌頭・舞人・楽人どもの思いも同じということであろう。
  歌頭たちは、催馬楽「竹河」を歌っているが、その中に源氏の嫡男・夕霧もいた。
  『殿の中将の君(夕霧のこと)、そこらに勝れてめやすく華やかなり』
  「夕霧の中将、最高!ご立派!」と、ここでまたまた源氏を褒めあげるのである。

  男踏歌の様子から平安の雅・華麗さを探ろうとしたのだが、思いも寄らず踏歌はそっちのけに、光源氏賛嘆の様を見せられる羽目になってしまった。

  『真木柱』の巻では、鬚黒大将と結婚した玉鬘が、冷泉帝のもとに尚侍(ないしのかみ)として参内する場面に出て来る。ここでも踏歌はそっちのけで、それを見学する御婦人方の美しさにばかり紫式部の筆は振るわれる。
  『踏歌は、(女御や更衣の)かたがたに里人まゐり、さま殊にげに賑はしき見物なれば、たれもたれも清らを尽くし、袖口の重なりこちたくめでたく整へ給ふ。春宮の女御もいと華やかにもてなし給ひて、(春)宮はまだ若くおはしませば、全ていといまめかし』
 踏歌が楽しく珍しいから、わざわざ女御や更衣の里から多くの人が内裏にまで見物にやって来るのか、女性方や東宮などの美しさを見たいがためにやって来るのか分からない。とにかく踏歌を讃えているのは、舞い人たちが歌に合わせて寄りつ離れつ踊る姿と、歌人の美声だけで、しかもそれを「絵に描きたいほど」となんとも具体性のない賛辞を呈しているだけなのである。むしろ女性方の御簾からこぼれ出る衣の美しさに筆を尽くし讃美することに精力を尽くしているのである。
  
  踏歌が、葵祭りのようには長続きせず、円融天皇の代に途絶えてしまったのも、紫式部がその魅力をあまり描かなかったことと関係しているのではないかという気がする。その点でも源氏物語は貴重な歴史資料であると言ってしまったら、皮肉に過ぎるだろうか。


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