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源氏物語

理不尽な人の性  源氏物語たより696

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     理不尽な人の性   源氏物語たより966

  前回(「たより695」)、どんなに理想的でこよなく愛する妻がいたとしても、男というものは別の女を求めるものだ、という人間の不条理な性(さが)について触れた。
  と、まさにその日、パソコンをいじっていたら、脳科学者・中野信子の『不倫』(文春新書)という本が紹介されていた。作者については、最近よくテレビに出てくるので知っていた。理知的でいてしかも明るい魅力的な女性である。この本の内容が、私の論旨に関わるものなので、彼女と何か不思議な縁で結ばれているように感じた。

  そこに紹介されていた『不倫』の概要は次のようにまとめることが出来そうである。

  人間の脳は一夫一婦制に向いているわけではない。だから不倫を「淫乱」「倫理観の欠如」などと安直に断罪することは本質を見誤らせる元凶となる。元々それは遺伝子、脳内物質に操られているだけなのである。激しいパッシングがあろうがパートナの怒りや悲嘆があろうが、あるいはさまざまなリスクを伴おうがお構いなしに不倫は起こる。不倫がなくなる日はいつまでもやって来ない。当事者の全人格を否定するようなパッシングは何かもの悲しい狂態に見えてくる。
  しかし、不倫は共同体の破壊につながることも確かで、それをパッシングすることは「正義の行為」と認めないわけにもいかない。しかも人間にはパッシングすることに快楽を感じるという脳の仕組みもあるので、これがなくなる日もやはりいつまでもやって来ない。

  本文を読んでもいないのに、批判を加えることには無理があるが、
  「でも、それだけだろうか。何か抜けているのではなかろうか」
という疑問は残る。

  光源氏がさまざまな女性を遍歴するのは、少なくとも「性行為」が目的ではない。それが目的であるならば、彼の周囲には数知れないほどの女がいる。だから、あえて難しい恋に明け暮れなくても済む。「召し人」などという芳しくない名の女房もいる。彼女らは源氏の性のはけ口のためにあると言っても過言ではない(もちろんそれだけではなく、源氏が好きになるだけの魅力を持っていた女房であるからでもあるが)。
  それに、そもそも源氏の誘いを否むような女などはいないのだから、源氏にとって性はフリーパスである。 

  「たより695」で述べたことを簡単に言えば、人間には「飽き」という制御しにくい心が存在するということで、たとえどんなに魅力的な妻があろうとも、長い年月生活を共にしていれば「飽きが来る」のは人の世の常である。村上天皇の女御である徽子王女が、天皇が「しばらくの間あなたとは会えないからね」と言った時に、
  「あまりに馴れすぎてしまうと新鮮さがなくなってしまうので、間をおこうとおっしゃるわけですね」
という歌で応えたのだが、まさに「馴れること」の本質を突いている。
  この場面では「馴れ=飽き」の例として、さらにもう一つの歌を引いて人間の本質に迫ろうとしている。
  「須磨の海士が塩を焼く時に着る衣は、毎日毎日着ているために塩でくたくたになってすっかり見る影もなくなってしまうもの。そのように、毎日馴れ親しんでいると新鮮さを失って見栄えがしなくなってしまうから、だんだんと相手を疎む感情が勝って来てしまう。  伊行釈」
という内容の歌である。
  「馴れると飽きが来る、飽きが来ればそれにつれて相手への疎ましさが増してくる」ということも事実である。
  古歌には「秋」が「飽き」に掛けられているものが数多い。「飽き=秋」は、掛詞の中でも最も代表的な一つである。源氏物語でも、源氏が女三宮と結婚した時に、紫上がこんな歌を詠って悲しみの情を吐露している。
  『身に近く秋や来ぬらむ 見るままに 青葉の山も移ろひにけり』
  (私の身にも源氏さまの飽き(秋)が来たらしい。見ている前で青葉だった山の色が変わって行くように)
  源氏と結婚して二十二年目のことである。年月は、さしも似合いの二人の間に飽きをもたらしたようである。しかし、源氏に飽きが来たわけではない。彼は相変わらず紫上をこよなく愛しているし信頼し尊敬すらしている。それでも若い(十四、五歳)女三宮と結婚しようとする。これは一体どういう仕組みなのだろうか。単に遺伝子や脳内物質ということで済まされることであろうか。

  かつて、源氏には正式な妻(葵上)がいた。それでも彼は空蝉と契り夕顔を求め六条御息所と浮名を流した。そればかりか父の寵姫である藤壺宮と不貞まで働いているのである。ただ、葵上との結婚は、源氏の意思で決まったものではなく、親同士が決めたもので、それに対する不満もあったろうし、源氏は、彼女を好いてはいなかった。このような状況では、彼が他の女に愛情を求めたのも分かる気がする。
  しかし、紫上という理想的な伴侶が出来てからは、その理由は通らない。それでも入内間近い朧月夜や元斎院の朝顔との恋を止めようとはしなかった。これは一体どういうことであろうか。

  そこには単に「飽き」だけでは済まされないものが潜んでいるのではという気がしてならない。それはもう恋を超越した行為というしかない。
  人間には常に新しいものを求めて止まないという欲望がある。それは一種の冒険である。冒険である以上、どんなリスクが伴うかわからない。藤壺宮への恋などはまさにそれに当たる。なぜあれほど道理に外れた行為に走ったのか。
  非常に卑近な例ではあるが、旅行をするなどという行為も、本来不倫に類似した行為と言えるのではなかろう。家にいれば金もかからないし、何の気も使わずにいられるのに、切符を買い宿を予約し汽車に乗り坂道や階段を上るなどの苦労をわざわざ背負い込む。
  なぜそんな煩わしいことをするのかと言えば、そこに新鮮な世界が待ち受けているからである。未知なものに触れるわくわく感がそこにはあるから、そのためには多少のリスクなどは問題にならない。旅では、変化のない日常生活では得られない目新しい世界が展開される。
  浮気も同じことである。そこには何か今までにない世界があるのではないかという、痺れるような期待感がある。浮気は、「どこでもドア」ではないけれども、新しい世界に通じる扉を開く行為といえる。
  案の定、浮気によって、今までの馴れ淀んだ生活では経験できなかっためくるめくドラマが展開される。そしてそういう体験が物語を生んでいく。歌も詩もできてくる。浮気は夢物語を実現するものである。浮気を完全に否定してしまったら、この世に勝れた文学などは存在しなくなってしまう。
  「曇りガラスを手で拭いて あなた明日が見えますか ・・・(さざんかの宿)」
の緊張感はどうだ。不倫の二人に明日などはない。ひたすら痺れるような新鮮な世界に身を委ねていればいいのだ。
  「隠しきれない移り香が いつかあなたに浸みついた 誰かに盗られるくらいなら あなたを殺していいですか・・  (天城越え)」
  もう聞いているだけでくらくらしてしまう。こういう冒険に身を任せる快楽こそ、生きる醍醐味と言えないだろうか。これは他の動物にはないことである。

  もう一つの理由に「隣の芝は青い」の心理がある。妻に飽きたわけでもないのに隣の奥さんはよく見える。万葉集にとんでもない歌がある。
  『人妻と何(あぜ)かそを言はむ しからばか 隣の衣(きぬ)を借りて着なはも』
  (人妻だからって何をぐたぐた言うのさ。それならあなた、隣の衣を借りたこともないとでも言うの)
  もう完全な居直りであり屁理屈である。人妻と衣は違うでしょ。でも隣の芝生はよく見えるのだから仕方がない。
  もっともこんな歌もあるが。
  『難波人 葦火焚く屋のすしてあれど 己が妻こそ常(つね)めづらしき』
  (難波に住む者はよく葦を焚くものだから、家の中がすっかり煤けてしまう。それと同じように我が妻は今ではすっかり煤け年老いてしまったが、それでも妻ほど見飽きず可愛いものはない)
  こんな気長の平凡で冒険心のない男がいることも事実である。しかし、多くは煤けた妻よりも隣の芝生は綺麗に見えるはずである。
  要するに浮気を成立させる要素は実に複雑であり雑多であるということである。それを他の動物と同じように、中野信子氏が、遺伝子や脳内物質のせいにしてしまっているのだとすれは、もんだいであるし、そもそもあまりに味気ない。

  いずれにしても「不倫」をじっくり読んでみよう。


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