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源氏物語

内大臣の意地 源氏物語たより697

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     内大臣の意地   源氏物語たより697

  内大臣は、娘の雲居雁が夕霧と恋仲になっていることを知るや、それを許そうとはせず、自邸に連れ帰ってしまう。なぜこんな強硬な手段を取ったのだろうか。彼は、今まで雲居雁についてはほとんど無関心であった。彼の関心事は長女・弘徽殿女御の立后であった。このようなわけで、『乙女』の巻までは、雲居雁の存在は無だったのである。
  そもそも雲居雁とはどういう人物であるのか。彼女の母は、内大臣の妻妾の一人であったが、彼の通いが絶えてしまったからであろう、離婚して別の男と結婚していた。雲居雁も通常なら母に従っていくところであったのだが、相手方には子供が多いということで、残された。内大臣にとってはいわば継子みたいなものである。そのために母・大宮のもとに預けてしまい、夕霧とともに育てさせる。彼女のことは大宮に任せっぱなしということであった。

  それにもかかわらず、このように強硬な態度を取るとは、一体どういうことであろうか。
  一つは、この話を母・大宮の女房から聞いたことにも拠ろう。大宮を尋ねた帰り、彼の召人(めしうど)であろう一人の女房のところに忍びこもうとした時に、何人かの女房たちが彼の噂話をしているのを偶然立ち聞きしてしまった。その噂話とはこんな内容である。  
  「大臣などと言って賢がっているけれども、やっぱり親馬鹿の一人に過ぎないわ」
  「娘の恋については何も知らずにいるんだから。こんなことでは厄介なことでも起こるかも知れないわよ」
  『「子を知るは」といふはそらごとなめり』
  最後の女房の言葉の意味は、
  「『子を知るは親に如かず』とは昔から言われているけれども、あれはどうも空言のようですね」
である。この件については全く無知であった彼は、女房たちに完全に愚弄されていたというわけである。女房にもバカにされるほど不面目なことはない。これは何とかしなければならぬと思った結果、二人を割くことで自分の面目を若干でも挽回できると思ったのかもしれない。

  彼は自邸への帰りの車の中で、二人の恋愛・結婚についてつらつらと考える。それを端的にまとめると次のようになる。
  1 二人が結婚することは、決して悪いことでも残念なことでもない。
  2 ただ、同じ邸で育った従弟姉同士という珍しくもない関係で、このまま結婚に進んでしまうのでは、世の中の人も「なーんだ、随分ありふれた結婚ではないか」と思うだろう。
  3 それにしても光源氏が元斎宮(六条御息所の娘)を推したてて中宮にしてしまい、自分の娘の弘徽殿女御が中宮争いに負けてしまったことはなんとも気に食わない。
  4 雲居雁を春宮に入れれば、ひょっとすると中宮の位も考えられないことではなかったのに、二人が結婚するとなればその望みもなくなってしまう。何とも癪なことだ。

  さて、彼のこの内心のつぶやきについて検証してみよう。
  1で言っているように、彼は基本的には二人の結婚を「全くの問題外と」と否定しているわけではない。
  2は、それがいけないのは、二人が同じ邸に育った従弟姉ということである。このことについては当時の事情がよく分からないので、従弟姉の結婚が見映えのしないことであるのかどうか詳しくは言及できないが、どうも二人を引き離すための言い訳に過ぎないような気がする。
  4の「春宮入内」の話しは意外なことである。彼がこの時に急に思いついたこととしか考えられない。今まで彼女を大宮に預けっぱなしだったのだし、それに雲居雁は既に十五歳で、東宮とは歳の差がありすぎる(七、八歳年上)。しかも春宮にはいかに彼が尻捲りしても勝てるはずのない強烈な対抗馬がいる。源氏の実の子・明石姫君である。また雲居雁は内大臣の北の方の子ではないのだし、これらを総合すれば、彼女を春宮に入れようなどと真剣に考えていたとは到底思えない。

  やはり3にこそ彼の本音があると言える。源氏に対する勃然たる対抗意識である。『絵合』の巻で二人は冷泉帝の中宮位を激しく争った。結果的には源氏の養女である元斎宮がその位に就いてしまった。このことへの彼の憤懣は格別なものがあった。藤原氏としての自尊心をいたく傷つけられたのだ。
  このことについて次のように語られている。
  『とのの御仲の大方には昔も今もいと良くおはしながら、かやうの方にては、挑み聞こえ給ひし名残も思し出でて、心憂ければ寝ざめがちにて明かし給ふ』
  「とのの御仲」とは、源氏と内大臣の仲ということである。二人の関係は確かに昔からおおむね良好な関係にあった。「雨夜の品定め」における二人の様子などを見れば、若い時は、こよなき親友で遊びごとも争いごともいつも一緒であった。ただ、内大臣は何をやっても源氏には負け続けていたのだが。
  「かやうの方」とは「中宮争い」のことで、この面での内大臣の源氏に対する挑み心は尋常ではなかったが、結果的には源氏に屈辱的な辛酸を舐めさせられてしまった。女房たちによる愚弄どころではない。何しろ中宮争いは藤原氏一門にかかわる問題であり、権力維持に関わる重大事である。それを思うと辛くて「寝ざめがちにて明かし給ふ」のも必然というものである。
  どこかでこの仇を返さなければならない。彼の心中にはその思いが鬱勃としていた。それが夕霧と雲居雁との結婚反対という形で表れてしまったのだ。夕霧にすれば随分の割を食ってしまったということになる。
  この後、彼は大宮の所に行って、
  「何故しっかりと育ててくれなかったのか」
などと醜い母子の争いを展開することになる。ただこの時でさえ、夕霧の人となりを
「夕霧は天下に並ぶものなき学識者である」
と評価しているのだし、内心では二人の結婚を「悪しきことにもあらねど」と思っているのである。
  ところが、それを素直に認めることはできなかった。源氏憎しの思いと挑み心と意地とが彼を頑なにしてしまったのだ。こうして夕霧と雲居雁は仲を割かれたまま五年が過ぎる。 

  五年後、『藤裏葉』の巻で、内大臣は二人の結婚を認めることとなる。しかし、素直に「結婚を承知」というもの間が抜けている。そこで何かのついでがないかと待ち受けていたところ、庭に藤が見事に咲いている。これを口実にしようと、彼はついに夕霧を藤の宴に誘う。源氏への挑み心がなくなったわけではないが、夕霧の人柄とその親の身分を考慮すれば、この上ない理想的な結婚であることに間違いはない。これはまた別の意味での家門隆盛にも繋がっていく。
  この時の彼の夕霧に媚びるおどおどは見ていて哀れでもあるし、滑稽でもある。またこの時の源氏の得意と夕霧の御満悦もまた見物である。

  夕霧の悲恋については次回に触れよう。
 

 





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