源氏物語

源氏物語たより47

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   厳しい修行の果てに その2  源氏物語たより47

 『源氏物語たより39』で述べた、私の檀那寺の副住職の荒行が、二月十日をもって成満し、二月二十日にその帰山式が檀那寺で行われた。


 昨年十一月一日から百日間の苦行が、無事終わったのだ。
 睡眠時間は、一日に二時間半。食事は、一汁一菜で、一日二食。しかも、茶椀の底にわずかによそわれた粥に味噌汁をぶっかけ、呑み込むようにして食べ終わってしまう。この間1分もないだろう。
 起きている間は、ひたすらの読経三昧。それ以外は、日に七回の水垢離(みずごり)だけだ。今年は特に寒い日が続き、気温零度以下の日も多かったという。
 読経は、張り裂けるような、絞り出すような怒鳴り声である。日蓮は修行に当たって、
 「たとえ血を吐いても真実の追求は止めない」
 と言っていたそうだから、それになずらえているのだろう。
 身体を極限状態に置くということは、無想の境地になり、自己とは何か、人間とは何か、そして生きるとは何かを見出そうとする状態になるのだろう。

 先日、浄土宗のお坊さんと話をしていた時に、荒行のことが話題になった。彼はこう言っていた。
 『いや、日蓮宗の荒行は、半端じゃないですよ。あれに比べて私たちの修行なんて、修行と言えるのか・・』
 日蓮宗の荒行は、世界三大荒行のひとつなのだそうだ。
 成満の日に、副住職の母親が、九州大分から千葉中山の法華経寺に来ていられた。半端でない息子の荒行に、遠く離れていても常に心配は絶えなかったことだろう。
 『百日の荒行成満せし僧の母行堂の前に佇む』

 ある会合でこの話をしていた時に、一人の人がこんなことを言った。
 『そんなに苦しい修行したって、何になるのかしら?何か得るものがあるのかしら。何か変わるものがあるのかしら。だって、私の知っているお坊さんなんて、みんな生臭よ』
 随分手厳しい意見だが、百日の荒行をして変わらないはずはない。通常の人が経験したこともない極限状態に置かれれば、嫌でも生きるとは何かの大問題に突きあたるはずである。

 帰山式で、最後の水垢離が行われた。同じく百日の修行を終えた若き四人の僧が、一緒になって水垢離をするのだから、迫力がある。たまたまその日は比較的に暖かな日だったので、ひどくつらそうとは映らなかったものの、褌一枚という姿は、やはり凄まじいもので、この姿で気温零度以下の日にも、水垢離を行っていたのかと想像すると、人間として一皮も二皮もむけたであろうことは想像に難くない。

 百日の修行を終えると『修法師(すほし)』の免許が与えられるのだそうだ。いわゆる加持祈祷をする修法(ずほう)をしてよいということである。頸に掛けた30センチほどの筒はなんだろうと思っていたら、その中に修法のための経文が入っていたのだ。帰山式の後、僧一人一人が我々の前に来て、肩を掴み、背中をその筒でなでさすった。無病息災を祈ってくれたのだ。

 源氏物語には、修法の場面はしばしば登場するが、僧が修行するという場面はない。『夕霧』の巻で、比叡山の律師が、修行中に山を下りる話がある。
 昔の頭中将である致仕(官職を辞めること)の太政大臣の嫡男・柏木は、朱雀院の娘の婿であった。娘の母親・御息所は、朱雀帝の更衣であったが、帝が出家してしまったので、今は小野(京都の北の郊外 比叡山に近い)に娘と暮らしている。
 御息所が、物の怪に悩まされて、修法を受けることになった。昔から親しくしていた物の怪退散に効験あらたかな僧を呼ぼうとしたが、あいにくその僧は、
 『物の怪など払ひ棄てける律師、山籠もりして里に出でじと誓ひたる』
 状態で修業中であった。
 「山籠もり」とは、叡山に千日とか12年間とか籠って、山の境界から一歩も外に出ないことで、この間ひたすら荒行に励むのである。
 この律師は「里には出じ」と誓ったにもかかわらず、のこのこ出てきてしまった。「律師」とは、僧正、僧都に次ぐ高僧で、五位に当たるほどの身分であるにもかかわらず、誓いを破って里に下りてきてしまったのだ。なぜだろう。御息所とそれほどに親しいからと言ってしまえばそれまでであるが、それだけであろうか。
 私は、ここに意外な人間の欲というものが絡んでいるような気がしてならないのだが。
 御息所は、朱雀院の更衣であったし、致仕の太政大臣ともかかわる人物である。しかも、バックには、将来の太政大臣であろう夕霧がついているようだ。物の怪退散の礼として、その布施たるや相当のものと期待できる。
 そして、律師という身分にあるからには、「いずれは僧都に」という意欲もあったはずだ。そういう律師にとっては、これは千載一隅のチャンスである。ところせき(置き所に困る)ほどに頂いた布施は、僧都に、あるいは僧正に貢ぐことができる。

 紫式部の頃は、叡山の僧たちは権門勢家と結びついて、僧都や僧正に成り上がることに夢中であったと言う。かつて南都の寺院が堕落していたように、この頃は叡山も堕落していたのだ。それを厭い、根本中堂から離れた奥深い横川で修業三昧に籠っていた僧もいたという。
 僧侶とはいえ、権勢欲はある、物欲もある。食欲も性欲も睡眠欲も快楽欲もある。そして、怒り、ねたみ、そねみ、競いの情も自ずから湧いてくる。この律師もその埒外(らちがい)ではなかったはずだ。
 常に無私無欲の状態で、衆生のために尽くし続けるなどということは、至難の業である。

 荒行の次に待つものは、このようなもろもろの障碍である。いや、ひょっとすると、これらの障碍をクリヤーしていくことの方が、荒行以上の荒行かもしれない。
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