源氏物語便り

心揺するもの 日本の心 源氏物語語り

源氏物語たより614 

源氏物語

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
     光源氏のいびつな恋   源氏物語たより614

  南殿での花の宴が果てて、光源氏は興奮冷めやらずというところであろうか、藤壺宮に何とか逢うべく飛香(藤壺)舎のあたりをうろつきまわる。しかし、殿舎の用心は厳重で、どの扉もピタリと閉じられていて入り込む余地などない。
  仕方なく彼は弘徽殿に回る。一転してここは用心も緩く、細殿の三の口の扉があいていた。と、あつらえたように向こうから若々しい声で歌を歌いながらやって来る女がいるではないか。源氏は早速その袖を捉えて、三の口から女を細殿に抱き下し、戸をぴたりと閉じてしまう。こうして彼のアバンチュールが始まる。
  こと遂げて、程なく夜が明けようとする。そこで、別れに当たって
  『なほ、名のり給へ。いかでか聞こゆべき。かうて止みなむとは、さりとも思されじ』
と女に名を聞く。名前も分からないのでは、これから音信のしようもないからである。「さりとも」とは「いくら何でも」という意味で、「よもや」とか「まさか」という意である。この言葉を面白いと思うのは、全く見も知らない女とたまたま、しかも初めて契ったばかりだというのに、「まさかこのままで、私との関係を終わらせてしまおうとは思わないでしょ?」と言うのだ。源氏の満々たる自信の表れであり、光源氏の面目躍如というところである。

  しかし、その女は源氏に名を告げようとはしなかった。扇を交換しただけで、源氏は仕方なく自分の局である淑景(桐壷)舎に戻り、横臥する。が、昨夜の女のことが気になって容易に眠りに就けない。
  「なんとも美しい人であったなあ。弘徽殿にいた以上、弘徽殿女御の妹君の誰かであることには間違いあるまい。どうも世慣れていない(男女の仲に疎い)ようだったから、まだ結婚していない五の君か六の君かも知れない」
などとあれやこれや想像する。
  で、ここまでは彼の想像は許される範囲なのだが、許されないのが次である。
  『帥の宮の北の方、(あるいは)頭中将がすさめぬ四の君などこそ、「よし」と聞きしか。なかなかそれならましかば、今すこしをかしからまし。六(の君)は、春宮にたてまつらむと(右大臣が)心ざし給へるを、いとほしうもあるべいかな』
  少し説明を加えておこう。「帥の宮」とは源氏の弟に当たり、右大臣の三番目の娘の婿になっている。頭中将とは、源氏の親しい友であるとともによきライバルである例の頭中将のことで、同じく右大臣の四番目の娘の婿になっている。「すさめぬ」とは、気に入らないという意味で、頭中将はこの妻に満足していないようで、そのために夕顔などを愛人にしていたのだろう。
  さて、この二人の娘が「容貌が素晴らしい」という評判である、と言う。そこで源氏は
  「それだったら、かえってさらによかっただろうになあ」
と思ったというのだから、何とも不道徳でありいびつな恋のあり方である。二人とも、人の妻なのだ。源氏が魅力を感じたのは、彼女たちの容貌のこともあろうが、本音は「人の妻」であるからこそ、「今すこしをかしからまし」と思ったのである。藤壺宮(父の寵姫であり自分の義母)に恋をし過ちを犯すくらいの源氏であってみれば、人妻に恋するなどは、何の不義にも不埒にも当たらないのかもしれない。
  六の君(朧月夜)は、春宮(後の朱雀帝)に入内させるという右大臣の意思があることは源氏も知っている。そこで一応「いとほしうもあるべいかな」と気の毒がってはいる。しかし、彼女が入内した後もさらに激しい恋に溺れるのだから、「いとほしう」も何もない。
  そもそも源氏が関係した女性で、まともな結婚や恋をしているのは数少ないのである。葵上とは正式に結婚したわずかな例で、まさに北の方であるが、既定の路線に乗った政略結婚でもあることもあってか、頭中将が四の君を気に入らないのと同じように、「すさめぬ(心を留めて愛することのない)」北の方なのである。
  紫上は略奪結婚で、とても正式な結婚とは言えない。明石君は、彼女の親・明石入道が望んだものであるから正式な結婚と言えるかもしれないが、ただこの時、源氏は流謫の身なのである。本来結婚などしてはいけないのだ。ずっと後に結婚する女三宮は、彼女の父・朱雀院のたっての希望なので、これは明らかに正式な結婚である。しかし、結果的には大失敗の結婚になってしまう。四十歳と十三、四歳というはなはだしい歳の差に原因があったのかもしれない。こんな無理な結婚は源氏が断るべきであった。しかし彼の好き心が常識と自制心とを抑えてしまった。
  空蝉のことは今更言うを待たない。秋好中宮(冷泉帝の后)や玉鬘(養女)への恋心もとても許されぬものではない。
 
  源氏は、なぜかくも無理な結婚や道に外れた恋ばかりに血道を上げるのであろうか。
  結論から言えば、源氏は平凡を嫌うからである。ありふれたものに価値を見出さないからである。そしてそれは源氏物語の主題である「あはれ」に大きく関係するのである。 
  このことは源氏一人の特性ではなく、当時の貴族男子一般の傾向であったように思われる。頭中将が、四の君を「すさめなかった」のは、その結婚が既定の路線に沿ったものであったからに他ならない。物語上に彼がどのようにして結婚したかは描かれてはいないが、彼の親は左大臣であり、四の君の親は右大臣である。語られなくても政略結婚であることは想像がつく。そんな結婚に男は何の魅力も感じられないのだ。
  源氏の弟・蛍兵部卿の宮が、真木柱(式部卿宮の娘、宮は藤壺宮の兄であり紫上の父)と結婚した時に、父・式部卿宮がこの結婚にあまりにも積極的であり、蛍宮を丁寧にもてなしたもので、かえって張り合いがなくなり気がなえてしまう。そこで彼はこう思う。 
  『あまり恨みどころなきは、さうざうし』
  結婚するに当たって、あまりにすんなりと決まってしまって問題もないというのも物足りないと言うのである。「ひと波乱あった方がよい」と言うのだろうが、随分贅沢というか勝手というか、奇妙な考えではあるが、分かる気もする。軌道に乗った平凡な結婚では、平安人の風流心を満足させなかったのだ。そしてやがて宮の通いも疎かになってしまう。
  「あはれ」の情は、特別なもの・変化するものに触れた時に発動する。当然のことながら、平凡なもの・ありふれたものに「あはれ」を覚えることはない。
  考えてみれば、この情は現代人にも共通するのではなかろうか。日ごろは安穏な生活や安定した結婚生活を志向していても、時にそうでもないことに心が動く。その結果、不倫を思い不義を働く。そんな情報や噂が後を絶たないのも、実はそのことと関係があるのだ。芸能人の不倫騒動がよくテレビを賑わわすが、あれが実は人間の本然の姿なのである。テレビを見ている者は、表面では「なんという男だ!」などと憤って見せるが、裏では羨ましがっている。
  まして、好き心の権化・光源氏が、わりない恋を渉猟するのは当然のことと言わなければならない。源氏の場合は、周囲もそれを認めている。彼の忠臣・惟光の言葉が思い出される。若く美しく高貴な源氏様のようなお方が
  『好き給はざらむも、情けなく、さうざうしかるべしかし』
  先ほどもあったが「さうざうし」とは、物足りない、ものさびしいということである。最後の「かし」は、詠嘆の助詞「か」と強めの助詞「し」の複合した助詞で、
  「源氏様のようなお方が、恋(浮気)をなさらぬようでは、実に風情もないし淋しい限りではないか」
と言う惟光の感慨である。とにかく平凡でありふれた恋は、源氏にはそぐわない。だから彼が、「三の君や四の君だったらさらに良かったろうに」と思うのも、「いびつ」なことでもなく、むべなることのようである。

PageTop▲

源氏物語たより613 

源氏物語

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
     母と子の諍い   源氏物語たより613

  『乙女』の巻に、「源氏物語にもこんな場面が出て来るの」と思わせる、他の箇所とはいささか異色な感じを与える出来事が描かれている。
  源氏物語に登場する人物は、いずれも上級の貴族たちばかりである。庶民が描かれることなどほとんどない。『夕顔』の巻に出て来る庶民や『須磨』の巻に登場する海士などは誠に珍しいことと言える。これらも、前者は、光源氏の耳に入った五条の朝の庶民の会話に過ぎないし、後者は、頭中将が須磨に流謫中の源氏を見舞った時に、珍しい風物として彼の目に留まったものにすぎない。いずれも物語の上では点景あり、それほど重い意味を持っているわけではない。
  ということで、当然のことながら下賤な者の怒鳴り合いや喚きあい、あるいは諍(いさか)いなどが描かれることはない。
  ところが、なんとここに登場するのは、内大臣と彼の母・大宮による、庶民レベルとも言える諍いなのである。内大臣とは、元の頭中将のことであり、彼の父親は左大臣。大宮とは、その呼称から察することができる通り、かつて内親王にあった人かもしれない皇統で、桐壷帝の妹に当たる。つまりいずれも超上級の貴族なのである。そんな親子が激しい口争いをするのだから、貴族生活にすっかり慣れてしまった我々源氏物語の読者にとっては誠に珍しくも興味深くも映るのである。

  これからの記述は、大半は源氏物語の本文そのものをなぞったにすぎないのだが、それほどに特異であり面白いということで、本文に即して述べていくことにする。本来なら原文のままのほうが臨場感を味わえていいのだろうが、難解な部分も多いので、意訳を交えながら綴ってみることにする。
  まずは問題場面に至るまでの経緯を述べなければならないだろう。

  源氏が太政大臣に昇格したことに伴って、右大将であったかつての頭中将は内大臣に昇任した。そのための祝いの大饗が概ね終ったところで、内大臣は、三条に住む母の大宮を訪ね、娘の雲居雁を交えて琵琶、筝の琴、和琴の管弦を楽しむ。そこに源氏の嫡男である夕霧が訪ねて来て、今度は四人による合奏になった。夕霧は笛を担当し、楽しいひと時を過ごす。
  その管弦の遊びが終わった後、内大臣は、彼の召人であろう、ある女房の部屋に忍んで行く。事が終わって、こっそりと身を屈めて出て来る時に、たまたま女房たちの陰口を耳にしてしまう。なんと自分の噂をしているではないか。その内容は
 「内大臣なんて、偉そうにしていても所詮は人の子の親ね。“子を知るは親に如かず”なんて言う格言、あれは空言よ」
と言うようなものであった。雲居雁と夕霧が恋仲であることを、肝心な父親が全く知りもしないということを女房たちは面白おかしく詰(なじ)っていたのである。これは内大臣にとっては、青天の霹靂(へきれき)である。全く予想しないことでもなかったが、まさか二人の仲がそこまでになっているとは思いもしなかったのだ。家への帰り道、彼は憤懣やるかたなく惑乱の極みに至ってしまい、思考はあれこれと錯綜する。
  「二人が結婚することは決して悪いことではない。しかし従兄妹同士であるし、そんな結婚は平凡そのものではないか。世間の人だって「なんと変わり映えしないことよ」と鼻白むであろう。
  そもそも中宮争いの際には、源氏がしゃしゃり出てきて、元斎宮を中宮にしてしまった。そのためにわが娘・弘徽殿女御はなきに等しくなってしまった。その代わりとして今度は雲居雁を春宮に入れようと思っていたのに。あるいは中宮になるという筋もあるかもしれないのだ。ところがここにまたしても邪魔が入ってしまった」
などなどと頭は混乱し、その夜は
  『心憂ければ、寝ざめがちにて明かし給ふ』
と言う状態で、何とも気持ちがおさまらない。

  そこで、その二日後、彼は大宮の所に押しかけていき、こう切り出す。
  『ここにさぶらふも、はしたなく、人々(女房たちが私を)いかに見侍らん、と心おかれにたり。・・よからぬ者(雲居雁)の上にて恨めしと思ひ、聞こえさせつべき事の出でまうできたるを。かうも思う給へじと、かつは思ひ給ふれど、なほ鎮め難く思え侍りてなん』
  何とも大上段に振りかぶった大仰で攻撃的な切り口上である。やや難しいが、要は、「不出来な娘(雲居雁)のことで恨めしいことが出来(しゅったい)してしまった。
 母をここまで恨めしいと思いたくはないけれども、やっぱり気持ちが治まらなくて」
と言うことである。しかも彼は涙を袖で押しのごいつつ言うのだから、これには大宮の方が驚いてしまった。
  『化粧じ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになり給ひぬ』
と言う状態である。せっかく息子が来ると言う嬉しさに、念入りに化粧した顔の色まで変わってしまったばかりか、御目まで大きくなってしまった、という。あまり驚いた時や情緒不安定になった時には、人の目と言うものは瞳孔が開くという。これを「瞳孔反応」と言い、自律神経が自動的にさせるのだそうだ。それほどに大宮は情緒不安定に陥ってしまったということである。彼女はわけもわからないのでこう反問する。
  「あなた、どういうことでそんなに興奮しておっしゃるの。この歳になって、あなたから心の隔を置かれても困りますわ」
 
  そこで内大臣はことの顛末と、恨みの根拠について詳しく語るのだが、やはり彼の論理は混乱したままで分かりにくい。やや長文でもあるし難解な文章ではあるが、大事な個所なので原文のまま上げておこう。
  『頼もしき御陰に、幼き者をたてまつりおきて、自らはなかなか幼なくより(雲居雁を)見給へもつかず、まづ目に近き(弘徽殿女御の)まじらひなど、はかばかしからぬを見給へ嘆きいとなみつつ、「さりとも(母は、雲居雁を立派な)人になさせ給ひてん」と頼みわたり侍りつるに、思はずなること(恋愛沙汰)の侍りければ、いと口惜しうなん。
  (夕霧は)誠に天の下、並ぶ人なき有職にはものせらるめれど、親しき程にかかる(従兄妹同士が結婚するの)は、(世間の)人の聞き思ふところもあはつけき(浅はか)様になん、・・かの人(夕霧)の御ためにもいとかたはなることなり。
  (結婚する時には血縁を)さし離れ、きらきらしう珍しげあるあたりに、(婿として)今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ。ゆかり睦び、ねぢけがましき様にて、大臣(源氏)も聞きおぼすところ侍りなん。
  さるにても、かかることなんと(恋仲であることを私に)知らせ給ひて、ことさらにもてなし、少しゆかしげあることをまぜて(結婚させるの)こそ(よく)侍らめ。
  幼き人々の心に任せて、ご覧じ放ちけるを、心憂く思ひ給ふる』
  彼の言葉はあちらに行きこちらに行き定まらないのだが、要は五つの論点にまとめることができそうである。
  一点目は、雲居雁への対し方。彼女を幼い時から母(大宮)に預けて、自分は手をこまぬいていた。何しろ弘徽殿女御に手がかかってしまい、しかもはかばかしい結果を得られず嘆いてばかりいた。
  それにしても、雲居雁のことは母がちゃんと育ててくれていると思っていたのに、それにもかかわらず、思いもしない恋愛沙汰を起こしてしまうとは、悔しくて・・。
  二点目は、夕霧評。夕霧は確かに学職豊かな青年ではある。
  三点目は、彼の結婚観。雲居雁と夕霧は従妹兄同士。そんな二人が結婚すれば、世間の人は「ありふれた浅はかなこと」と思うだろうし、夕霧にとっても望ましいことではない。結婚というのは、もっと、血縁を離れた華やかなものでなくてはならない。そして相手から華々しく婿として扱われることこそ大切なことである。源氏だってそんな結婚には不快感を催すだろう。
  四点目は、母への不満。それにしても「これこれこういう状況にあります」となぜ私に伝えてくれなかったのか。それならそれで考えがありましたものを。
  五点目が、さらに母への不満。幼いからと言って二人をほっぽり放しになさるとは、残念至極。
  以上のように整理できるかと思う。

  ここには母親に対して言うべきではないことがいくつか繰り返されている。まずは「さりとも人となせ給ひてん」である。「さりとも」とは、「いくらなんでも」ということで、相当口調が強い。いくらなんでも雲居雁をお預けした以上、立派な人間として育ててくれていると思っていたのに、ということである。強い失望感を言ったものだが、母親に向かって言うべき言葉だろうか。彼は、雲居雁を幼い時から大宮に預けっぱなしなのである。その本人に「いくらなんでも・・」と言える義理はないのである。しかも彼は、嫡腹の弘徽殿女御にばかりかかずらわっていたのだ。それが中宮になれなかったと言って、急遽、雲居雁に目を付けただけである。不心得と言われても仕方ないし「口惜しうなん」とはなんともおこがましい言い草である。
  さらに、大宮が二人の関係を把握していたかどうかも確認せず、「なぜ知らせてくれなかったのか」と言い「子供の勝手に任せて、放っておいて」とはあまりに勝手な言い分で、彼の人となりに疑問さえ湧いてくる。
  彼の結婚観にも無理がある。当時従兄妹同士の結婚はごく普通に行われていたことである。藤原道長などは、更にあくどい結婚政策を取っている。後一条天皇に彼の娘(つまり天皇にとっては叔母)を入れているし、後朱雀天皇にも同じことをしている。だから従兄妹同士などはごく当たり前のことだったのである。
  ところが内大臣は、言うに窮してか「従兄妹同士では変わりばえせず、世間の人ももどき言うことだろう」と理屈にならないことを並べている。さらに夕霧の親・源氏まで持ち出してきて「彼だって面白くは思わないだろう」と言う。(源氏はこの結婚には当初から全く反対の意向は示していない)

  これに対して大宮はこう反論する。
  『げにかう(内大臣が)のたまうもことわりなれど、かけてもこの人々の下の心なん知り侍らざりける。げに「いと口惜しきこと」とは、ここ(私)にこそまして嘆くべく侍れ。(それなのに)もろともに罪をおほせ給ふは、恨めしきことになん。
  (雲居雁を)見たてまつりしより、心殊に思ひ侍りて、そこ(内大臣)に思し至らぬことをも「すぐれたる様にもてなさん」とこそ、人知れず思ひ侍りつれ。
  ものげなき程を、心の闇にまどひて、急ぎものせん(二人を一緒にさせる)とは、思ひよらぬことになん。
  さても誰かは、かかることは(内大臣に)聞こえけん。よからぬ人(女房)の言につきて、きはだけく(仰々しく)思しのたまふもあぢきなく、空しきことにて人(雲居)の名や穢れん』
  大宮の言葉は次のように整理できるだろう。
  ① もし二人がそういう関係なら、あなたのおっしゃることももっともですけどね。
  ② 私は二人の事を、全く知らないのですよ。
  ③ 「残念」という言葉は、私の方こそ言いたい言葉だわ。
  ④ それなのに、あなたは、あの二人と一緒に私に罪をかぶせるなんて。
  ⑤ あの子を世話し始めてからと言うもの、優れた人にしようと特別な努力・苦労をしてきたのよ。どうせあなたは知らないでしょ     うけれどもね。
  ⑥ あの若い二人が可哀想だからと言って、親が子の闇に迷うように、早く結婚させてあげようなんて、私が考えるわけがない     でしょ。
  ⑦ そもそもそんな話を誰があなたに告げたの。どうせ根性の曲がった女房あたりでしょうけど。そんないわれのないことを信じ     てしまって、あの子の名まで穢れるというものですわ。
  これに対して内大臣がまた憤ってこう言う。
  『なにのうきたることにか侍らん。さぶらふめる人々(女房たち)も、かつはみなもどき笑ふべかめるものを。いと口惜しく、安からず思ひ給へらるるや』
  (どうして根も葉もないことがありましょう。女房たちも私の無知を嘲笑っていることでしょうよ。何とも残念で、気持ちの整理がつきません)
と彼は言い残して、さっさと座を立ってしまう。
 
  彼が帰った後、大宮は心中無念でたまらず、
  「内大臣はもともと雲居雁に対して何の愛情も寄せていず、大切に育てようなどとは一切考えてもいなかったのに。私がこうして大切にもてなしてきたからこそ、立派に育ったのだ。それを今になって急に雲居雁に目を付けて「春宮にしよう」などと思いついただけではないか」
と憤懣やる方ない。

  二人の言葉の訳が、いささかきつくなりすぎ、下々的な言い方になってしまっているといううらみはあるかもしれない。確かに大宮は、帝の妹なのだから、もっと上品な言葉遣いであったろう。そもそも古語の持つニュアンスは、なかなか現代語に訳すことができないものだ。ただ、大宮の気持ちを忖度すれば、あるいはもっと激しい憤りが滲んだものであったかもしれない。
  とにかく話の内容は、誠に荒々しいものであることに間違いはない。二人の口から出る言葉がそれを証明している。
  「口惜し」「心憂し」「恨めし」「うらめし」「はしたなし(きまりが悪い)」「あぢきなし(おもしろくない)」「安からず」
どれも悪感情を表現するもので、それを二人はストレートに吐き出している。また、内大臣が、「・・や」とか「・・を」とか「なん」「こそ」などの強めの語句を盛んに用いているのも、彼がひどく感情的になっていることを表していると言えよう。
  いずれにしても、最高貴族の親子の諍いとは思われない言葉の強さであり厳しさである。

  源氏物語の一つのテーマとして、「親と子の問題」がある。登場人物の親たちがみなあまりにも早死にしていることもこのことと関係がある。源氏そのものが三歳にして母を亡くしている。夕霧(三歳で母を)、玉鬘(三歳で母・夕顔を)、紫上(幼くして母を)、女三宮(同)、宇治の大君・中君(同)など、いずれの母親も異常なほどの若死になのである。
  そのため、親子の様々なあり方が描かれるのだ。しかしその多くは限りない愛情に結ばれてというパターンである。源氏物語には、後撰集の藤原兼輔の
  『人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道に惑ひぬるかな』
の歌が、繰り返し繰り返し引かれている(『幻』の巻までに18回)。闇にくれ、子のために思い迷うほどに親と子は緊密に繋がれているということである。
  ここに登場する大宮は、夫・故左大臣ともども光源氏びいきである。もちろん息子の内大臣が可愛くないはずはない。この時も、内大臣が来ると言うので、
  『いと心ゆき、嬉しきものに思ひたり。御尼額ひきつくろひ、うるはしき小袿など、たてまつり添へて』
待っていたのである。ところが内大臣のあまりにも自分の苦労を無視した言い草に次第に感受的になってしまったのであろう。彼女の
  「そこに思し至らぬこと(あなたが思い至らぬようなことまで)」
とは厳しい。読者とすれば快哉を叫びたくなる。やはり、彼女は、雲居雁を放り出して弘徽殿女御一筋でいた内大臣のことを日ごろから快く思っていなかったのだ。だからこそ、あのように熾烈な言いあいになってしまったのだろう。肉親と言うものは、温かい愛情に結ばれる反面、いったん崩れると、恨みも憎しみも倍加し、他人との関係よりも難しくなるものだ。
  ここで、一つ補足しておかなければならないことがある。内大臣の怒りはすべて源氏に向けられているのである。中宮争いでは、娘・弘徽殿女御が負け、またまたここでも夕霧に雲居雁を取られてしまった。それが彼の憤りになって爆発したのであって、大宮が非難されるのは、実は敵は本能寺だったのである。大宮はいい迷惑を被ってしまった。

  最後に、親・子・孫三代四人による管弦の楽しみの後に、急転して親子の険悪な荒れ場を置く、これこそ紫式部得意の文章作法であることを付け加えておこう。

PageTop▲

源氏物語たより612 

源氏物語

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
     弘徽殿女御、屈辱の座   源氏物語たより612

  南殿の桜の宴で、玉座の隣に藤壺中宮と春宮とが御座を占めた。これを見て心穏やかでなかったのが、弘徽殿女御である。なぜなら本来であれば、あの座には弘徽殿女御が座っているはずだからである。彼女は誰よりも早く入内したのだし、第一皇子も彼女の子供である。どう考えても、また誰が考えても弘徽殿女御こそ、中宮になるべき資格を供えていた。
 
  ところが、ある時、桐壷帝が、理屈にもならない理屈を並べて、藤壺宮を中宮の座に付けてしまった。女御は完全に丸め込まれてしまったのである。その理屈とは次のようなものである。
  「私は近々譲位するつもりでいる。もちろんあなたの子である春宮が次の帝の位に就くことになる。となれば、あなた(弘徽殿女御)は押しも押されもせぬ皇太后、だから安心していなさい。
  ついては藤壺宮を中宮とし、その子(後の冷泉帝)を春宮としたいと思う」
  桐壷帝とすればまったく理屈なきことではなく、後見のしっかりしていない藤壺宮を
  『動きなき様にし置きたてまつりて、つよりに』
しようと思ったからである。寵愛する藤壺宮ではあるが、しっかりした後見がいない。そこで「后」という位を授けて、自分の死後、それが強力な権威になるよう図ったのである。しかしこれはあくまでも帝の勝手であって、弘徽殿女御のあずかり知らぬことである。
この話を聞いた時には、弘徽殿女御は、強い不満を持つとともに、抵抗もしたはずである。その間のことは物語に描かれていないので想像するしかないのだが、彼女の気持ちは煮えくり返っていたに違いない。事実、世間の人さえ、この措置には驚き呆れているのである。
  こんな無理が通ったということは、桐壷帝の権威が盤石になって来ていた証拠でもある。かつて光源氏の母・桐壷更衣を溺愛していたころの弱々しい面影は全く見られない。逆に、弘徽殿女御の父親である右大臣側の力が弱まっていたということもあろう。

  この帝の無理な決定のために、衆人環視の中で弘徽殿女御が耐えられない屈辱を味わう羽目になるのである。それは
  『如月の二十日余り、南殿の桜の宴せさせ給ふ。・・日、いとよく晴れて空の気色、鳥の声も心地よげなる』
宴の席であった。そんな晴れの席で、一人屈辱を噛みしめていたのが弘徽殿女御であった。何しろ
  『后、春宮の御局、(玉座の)左右にしてまうのぼり給ふ』
のだから、我慢がならない。「日、いとよく晴れて空の気色、鳥の声も心地よげなるに」とは何と言う皮肉であろうか。周囲の様子さえ女御の気持を逆なでする。
  それなら参列しなければいいのにと思うのだが、「いとさがなき」弘徽殿女御ではあっても、彼女も女、年に一度の桜の宴とあっては家に引っ込んでもいられず、
  『物見にはえ過ぐし給は』
で、参加したのである。
  日ごろも藤壺中宮が自分を飛び越えて玉座近く侍っているのを快からず思っていたのだが、今日はまた特別である。何しろ大臣はじめ上達部などの百官が集っている晴れやかな場である。そんな場で、自らの地位をいやがうえにも知らされてしまったのである。
  人々が歌や踊りや作詩に興じざわめいている宴の間中
  「本来ならあの座に私が・・」
という思いが彼女の脳裏に渦巻き続けていたことだろう。

  この女御の思いは現代でもあることで、催し物の際の来賓の席の上・下などがよく問題になる。学校の卒業式などというはかなき行事でも、席順をどうするか主催者とすればひどく頭を悩ますところである。現に「俺より若いのに」とか「身分が下だというのに」とかいうことでトラブルになった例を知っている。
  まして位階が厳然と定まっている平安時代の貴族にすれば、後からきたものが自分を追い越し、上席に座ってしまうなどは容易には容認できなかったのではなかろうか。
  桐壷院の亡き後、弘徽殿女御の憤懣は、藤壺中宮の後見人である源氏へと向かっていく。源氏が須磨に蟄居せざるを得なくなったのも、日ごろの彼女の怨みと屈辱が積もり積もった結果である。

PageTop▲

源氏物語たより611 

源氏物語

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
     身も凍る風情   源氏物語たより611

  例の雪の朝、末摘花の容姿や挙措あるいは身なりの異常な様を雪の光りで「のこりなく」見てしまった光源氏は、何とも複雑な気持ちで彼女の邸を出る。ところが門を出るまでに彼が目にした物もまた彼にとっては信じられない趣のものばかりであった。車を寄せていた中門は、
  『いといとう歪みよろぼひて、(昨夜は)夜目にこそしるきながらも(はっきり見えたようでも)よろず隠ろへたること多かりけれ、いとあはれに淋しく荒れ惑へる』
という状況である。ここの場面は、国宝「源氏物語絵巻」を見ればよく理解できるところで、この絵巻には、寝殿の簀子が強調されて描かれているが、その状態たるや凄まじいばかりの歪みとよろぼひで、まともな板は一枚としてない。あれから想像すれば、中門はおそらく屋根は崩れ、塀は穴だらけであったのだろう。
  そんな中で、松に積もる雪だけが、「暖かそうに」見えるというのだから、いかに邸中が身も凍る程の状況になっているかということである。源氏はそんな風情に反、逆の想像をたくましくする。
  「こんな葎の門に、可愛い女を据え置いて、気をもんだり恋しく思ったりすることができれば、藤壺宮との苦しい恋も忘れられるというのに・・。でもあの人ではとてもとても」
と、結局絶望的な気持ちにさいなまれて想像を中断しててしまう。
  橘の木も、雪の重みでいかにも苦しそうである。それを見た源氏は、随身に払い落とさせる。と、先ほどの松も「私の雪も払ってくれ」と言わんばかりに、自身で枝の雪をさっと振り散らす。

  さて車を出そうと思った門はまだ開いていない。そこで鍵の預かり人を呼ぶと、恐ろしく年老いた翁が出で来た。その後ろには、翁の娘なのだろうかあるいは孫なのだろうか、中途半端の年頃の子が付いてきたが、その着物は雪の光りでひどく煤けて見える。その子は
  『寒しと思へる気色深うて、怪しきものに火をただほのかに入れて、袖ぐくみに持』
っている。火取りにわずかな炭火を入れて、袖に隠し持っているのだ。背筋も寒々してくる光景である。
  翁は、門を鍵で開けようとするが、開かない。すると女の子が助けるのだが、これも開かない。見かねた源氏の供の者が開ける、という体たらくである。源氏は思わず歌を口ずさむ。
  『ふりにける頭の雪を見る人も 劣らず濡らす朝の袖かな』
  「翁の白髪を見ているとひどく憐れを感じるが、見ている自分までも袖が冷たく濡れてくるわい」と言うような意味であろう。

  ここには雪を中心として、身も凍るほどの救いようのない侘しい事象が、これでもかと言うように枚挙されている。軒から垂れる氷柱(つらら)、荒れ果てた中門、松や橘の木に深々と積もった雪、明日をも知れない翁、煤こげた着物を着た娘、その袖に隠し持った火取り、そして、手がかじかんでいるのだろう、鍵も思うに任せない翁と娘。
  これらのすべてが末摘花の鼻に収斂されていく。源氏は先の末摘花を
  『鼻の、色に出でて「いと寒し」と見えつる御おもかげ、ふと思ひ出でられて、ほほゑまれ給ふ』
のである。
 ここでは
  
  「さまざまな事象」⇒「身も凍る寒さ」⇒「鼻が赤くなる」⇒「末摘花の鼻」

と言う公式が成り立ちそうである。それはあたかも「帰納的推論」や「三段論法」を駆使しているようでもある。
  
  ここで、末摘花の鼻の赤さを特出して、紫式部のえげつないまでの末摘花いじめや、貶(おとし)め・侮りを言うつもりはない。むしろ、よくここまで鼻に帰納していく事象を列挙し、それを見事にまとめ上げたものだと、彼女の筆さばきに感動してしまったことを言いたいのである。 
  しかも、いずれの事象も無理をして意図的に持ち込んできたものではない。末摘花邸にしかない特異な現象を、源氏の目に触れるままにごく自然に取り挙げているだけである。
  鍵の預かり人として頭の真っ白な翁しかいないのも仕方がないことなのである。末摘花のあまりの生活感覚のなさのために極度な貧困に陥り、呆れ果てた使用人が次々みな去ってしまったのだから。その娘が着ている衣が煤けているのも仕方のないことなのである。なにしろ邸の主さえ、「寒いから」と言って、黒貂の皮衣を着ているのだから。
  またこの邸には、他と違って雪が一層深く積もるのも、邸全体が寒々としているために自ずからそうならざるを得ないのである。後の『蓬生』の巻に、
  『霜月ばかりになれば、雪・霰がちにて、他では消ゆる間もあるを、朝日・夕日を防ぐ蓬・葎のかげに、深う積もりて、越の白山思ひやらるる雪の中』
とある。「越の白山」とは、石川県(岐阜も)の白山のことで、この山は年中雪をかぶっている。末摘花の邸は、夏には蓬や葎が生い茂り、秋になって枯れてもそれを片付ける人手もない。こうして冬になっても邸は鬱然として暗く、雪が消える余裕もなくなるのだ。
  すべてありのままの末摘花邸の風情を作者は列挙したにすぎない。
 
  『末摘花』の巻は、どうも紫式部による末摘花いじめが目立ってしまうのだが、細かに見ていくと、彼女の、主題にまつわる素材を徹底して追求していく気概をひしひし感じ取ることができるし、追求した素材を見事なまでに構築していく筆さばきには改めて感動させられる。

PageTop▲

源氏物語たより610 

源氏物語

この作品は夢小説です。名前の変換は目次 小説ページで設定できます
     二つの無垢を壊した光源氏   源氏物語たより610

  先にも述べたように『末摘花』の巻はとても「滑稽譚」とは言えない。光源氏の末摘花いびりで終始笑わせようとしているだけである。玉上琢弥も『源氏物語評釈』(角川書店)の中で、こう言っている。
  「この巻をユーモア文学の傑作だと言う人の気が知れない。・・末摘花を笑い者にしてしまうと、それがあまり強すぎて、かえってまた末摘花に同情してしまう。いずれにしても作者は喜劇を描ける人ではない」
  とにかく読者を笑わせようとする思いが強すぎるために、無理が生じて笑えなくなるという逆効果を生んでいるのだ。ただ私は「作者は喜劇を描ける人ではない」とは思わない。紫式部ほどそれとないユーモアをちりばめられる作者を知らないし、『空蝉』や『花宴』は見事なユーモア文学になっている。
  とにか、作者に末摘花に対する「情」が欠落しているところに、この巻の印象を不快なものにしてしまう要因がある。もし、彼女にもう少し温かい思い入れがあったなら、末摘花も救われていたはずである。
  なぜなら、彼女は、本来誠に純真無垢な女性であったと思うからである。
 
  源氏が彼女の邸を最初に訪れたのは、春の十六夜の月の美しい晩。ただしこの時は末摘花の琴をほのかに聞いただけで、他に用があっとこともあって何事もなく帰ってしまう。二度目はそれから随分時が立った秋、八月二十日余のことである。
  『待たるる月の心許なきに、星の光ばかりさやけ』
き宵のこと、靫負の命婦に案内された時である。源氏を物陰に隠した命婦は、末摘花に琴の演奏を促す。その音が源氏の所に仄かに聞こえてくる。その演奏を「決して悪くはない」と、琴の名手・源氏が聞いているのだ。
  命婦は、源氏の来訪を告げる。そして
  「源氏さまがおっしゃることを、物越しにお聞きになればいいので」
と勧める。すると彼女はひどく恥ずかしがりながら、
  『人にもの聞こえむやうも知らぬを』
と言いつつ、奥の方にいざって隠れてしまう。
  呆れた命婦が懇々と説得する。すると日頃、人の言うことに反論したり拒否したりすることができない性質なので、こう言って命婦に妥協案を出す。
  『いらへ聞こえで、ただ聞けとあらば、格子など鎖してはありなむ』
  何とも頼りない逢瀬であることか。自分は何も言わないで、相手の言うことだけ聞いていればいいというのなら逢いましょう・・と言うのだから。しかも「格子を下したままなら」とまで言う。命婦ならでもこれには驚くしかない。
  なにしろ相手は天下の近衛の中将(正三位中将)なのである。それに皇子様。そのお方を、格子の外に置いておくなどできるわけがない。
  しかし、彼女の境遇を考えるならば、これも仕方がないのではなかろうか。父・常陸宮が亡くなってからどれほどたっているのか、物語上では知ることはできない。しかし、屋敷の荒れ具合からすれば、もう随分久しいはずである。この間、彼女の所に尋ねて来る者など皆無だったはずである。そんな女性が、男と堂々と洒落た会話などできるはずはない。初めて男と接するのだから、「男にものを言うすべも知らない」と言うのも「ただ聞くだけでよければ・・」と言うのも、うべなるかなで、決して非難できることではない。
  また格子など開けたままでおいたら、男はすたすたと自分のそばに寄って来るだろう。日ごろ何人とも触れたことのない者はすくみ上ってしまう。「格子を下すのがせいぜいの防御」と言うのもやむを得ない。同情の余地はある。
  そもそも没落貴族の娘に「光源氏さまを」と言う方が、間違っているのだ。
  それにしても焦った、命婦は
  「源氏さまはそんな浅はかな振る舞いなどなさる人ではございませんから」
と説得にこれ勤め、命婦自ら、障子(襖のこと)に固く錠を鎖して、源氏の御座を作ると、さっさと自分の部屋に下がってしまう。

  こうして無事に世紀の逢瀬が展開されるのである。末摘花は、情況を飲み込めないままに何の繕うところもなく、おっとりと構えていて、源氏が何を話しかけても一切答えるない。源氏は最初こそ、そのおおらかさが、気が利きすぎているよりもかえって奥ゆかしく好ましい、と評価していたのだが、それにしても想像を超えた
  『御いらへは絶えてなし』
なのである。
  この後、源氏は強引に彼女の部屋に押し入り、ことを遂げてしまう。驚いたのは末摘花、まさか男がこういう手段に出て来るとは思いもしない。それに先に命婦は「源氏さまはそんなに軽々しい振る舞いなどしないお方」と言っていたではないか。
  『ただ我にもあらず、恥づかしく、つつましきより外のことまたなければ』
とじっとしているしかなかった。
  源氏はどうも納得がいかないところはあるが、「こういう女性もまたあはれ(いじらしい)」と思い直し、頭をかしげながら夜深く我が家へと帰って行く。

  末摘花の年齢は分からないが、恐らく二十歳近くなっているだろう。それなのに源氏が「他愛ないことや面白いこと」をいくら話しかけても、全く返事が返ってこないというのはたしかに異常ではある。しかし、誰とでもそうかと言えば、そうではないのだ。源氏と会う前に、彼女は命婦と
  『星の光ばかりさやけく、松のこずゑ吹く風の音、心細くて、いにしへのこと語り出でて、うち泣きなどし給ふ』
というごく普通の女性であり、また感性も豊かな人物なのである。そもそも源氏の知識や機智にそう臨機応変に応対できる女性はいない。

  源氏が、あの雪の朝、彼女の姿を見てしまってからというもの、末摘花いじめが始まってしまう。彼女に若干の異常さや常識のなさがあることは確かだが、あれほどに侮り蔑む必要があっただろうか。
  先に見たように末摘花は、誠に純粋無垢である。源氏が事あるごとに、彼女を人でなしの人物に仕上げていってしまっただけのような気がしてならない。末摘花は、最上級貴族・光源氏の犠牲になったと言っても過言ではなかろう。

  私は、もう一人、源氏の犠牲になった女性がいる気がする。それは「女三宮」である。彼女は十四、五歳で、四十歳の源氏に降嫁した。彼女は若いだけではない。もともと歳よりも
  『げにまだいと小さく、かたなりにおはすらんうちにも、いといはけなき』
女性であった。「かたなり」とは成熟していないということ、また「いはけなし」とは幼いということである。そういう噂は源氏の耳にも入っていたはずであるが、実際に結婚してみると、そのあまりにも幼いのに驚かされるのである。それがこんなふうに描かれる。
  『何心もなく、ものはかなき御程にて、いと御衣がち(着物に隠れてしまうほど小さい)に、身もあえかなり。殊に恥ぢなどもし給はず。ただ稚児の面嫌ひせぬ心地して』
  「稚児の・・」の意味は、幼児が人見知りをしないということである。なんとも失礼な評である。そんなことがあって、源氏の足は次第に彼女から遠のいてしまう。その結果、彼女は柏木と密通するという過ちを犯してしまう。このことについては後に詳しく見ていくつもりである。

  光源氏は、二人の誠に無垢な女性を「無きもの」に至らしめてしまった。もし彼が、紫上を徹底して育てたように、この二人に対しても誠意をもって当たっていたら、二人の悲劇はなかったはずである。源氏は、一度でも関係した女性は見捨てることなどしなかった男である。彼の息子夕霧もその点、感心し驚いている。
  『(花散里は)かたち(容貌)のまほならず(まともでない)もおはしけるかな。かかる人をも、人(源氏)は思ひ捨てざりけりな』
  また、玉鬘の女房・右近も源氏のことを
  『さしも深き御心ざしなかりける(女)をだに、落としあぶさず(捨てることなく)とりしたため給ふ御心長さなりければ』
と評価している。末摘花と女三宮に限っては、この「心長さ」に欠けてしまったのはどういうことであろうか。二人とも、むしろ捨てられてしまった方が幸せであったと思われて仕方がない。



PageTop▲

««

Menu

プロフィール

光の君ちゃん

Author:光の君ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック

ブログカウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR